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コレクション: 漂流記コレクション

日本漂流譚 - 翻刻

日本漂流譚 - ページ 162

ページ: 162

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【右丁】 らば、相当(さうとう)の官位(くわんい)を授(さづ)くべしとなり。今まで待(ま)ちたる甲斐(かひ)もなし、如何(いか) なる事(こと)のあるとも、帰国(きこく)の志(こゝろし)を果(はた)さではおかじ。と、又も願書(がわんしよ)を出(いだ)しけ り。其 間(あひだ)に紙紗塚(カミシヤーツカ)より大塚(オホーツカ)まて同道(どうだう)したりし下(した)代官(だいくわん)も着到(ちやくとう)し、此所(こゝ)の 諸人(しよにん)に紹介(せうかい)したれば、日(ひ)を追(お)ひて知人(しるべ)も出来(でき)、諸所(しよ〳〵)に呼(よ)ばれて、或(あるひ)は談話(だんわ) の友(とも)となり、或(あるひ)は見物(けんぶつ)に同道(どうだう)し、特(こと)にキリロといふ人等(ひとら)二三人とは、最(もツと)も 親(した)しく交(まじは)りて一日 其家(そのいえ)に往(ゆ)かざれば、迎(むか)ひの使者(ししゃ)を遣(つかは)すほどに繁(しげ)く往(わう) 復(ふく)し、帰国(きこく)の相談(そうだん)なども此(こ)の人(ひと)に為(な)しつゝ、あけくれ国都(こくと)よりの返事(へんじ)を まち居(い)たり。去(さ)る程(ほど)に二 回目(くわいめ)の返事(へんじ)来(きた)りぬ。其(そ)の主意(しゆい)は、若(も)し此国(このくに)に 留(とどま)り て商業(しやうげふ) を営(いとな)むに於(おい)ては、資金(しきん)は国王(こくわう)より貸(か)し下(さ)ぐべく、貢税(こうぜい)をも免(めん) ずべし。との沙汰(さた)のみにて、以後(いご)は、食費(しよくひ)の下賜(かし)もなく、急(きう)に糊口(ここう)の途(みち)ふ さがり、又 如何(いかん)ともすべきやうなく、已(やむ)を得(え)ず、知己(ちき)の人々(ひと〴〵)を訪(と)ひて、一飯(いツぱん) づゝの恵(めぐ)みを受(う)け、特(こと)にキリロの救助(きうじよ)によりて日(ひ)を送(おく)り、又、貴国(きこく)救恤(きうぢゆつ)の 【左丁絵図の説明】  【右上】    紙紗塚(カミシヤーツカ)の蒸風呂(むしぶろ)の図(づ)。 多(おほ)くは毎戸(まいこ)に浴室(よくしつ)を設(もう)けおく。其法(そのはふ)は内(うち)に石(いし)を積(つ)み、下(した)より火(ひ)をたき、石(いし)の よく焼(や)けたるとき之(これ)に冷水(れいすい)を打(う)ちかく。さすれば蒸気(じやうき)盛(さかん)に立(た)ちのぼりて其(その) 内(うち)に充満(じうまん)す。此時(このとき)入口(いりくち)の戸(と)を閉(と)つるなり。浴場(よくぢやう)は板(いた) 隔(しきり)して其傍(そのわき)にあり。蒸気(じやうき)は其板(そのいた)の孔(あな)より進(すゝ)み来(く)るな り。幾重(いくえ)にも設(もう)けたる棚(たな)の上(うえ)に人々(ひと〴〵)裸(はだか)にて上(あが)り体(たい)を  【左下】      蒸(む)せば、よく垢(あか)も失(う)せ、疲労(つかれ)も直(なほ)る。桜(さくら)の小枝(こえだ)の      葉付(はつき)のまゝなるを束(つか)ね、箒(はゝき)の如(ごと)くなせるものな      り。人々(ひと〴〵)之(これ)を持(もつ)て自躰(じたい)を打(う)つに、垢(あか)の落(おつ)ること妙(めう)      なり。をか湯(ゆ)水流(みづなが)し等(とう)は本邦(ほんぽう)に同(おな)し。

現代語訳

【右丁】 そうなれば、相当の官位を授けるであろうとのことであった。今まで待っていた甲斐もない。どのようなことがあっても、帰国の志を果たさなければならない、と再び願書を提出した。その間に、カムチャツカからオホーツクまで同行していた副代官も到着し、ここの住民たちに紹介されたので、日を追って知人もでき、各所に招かれて、ある時は談話の友となり、ある時は見物に同行し、特にキリロという人など二三人とは、最も親しく交際して、一日その家に行かなければ、迎えの使者を遣わすほど頻繁に往復し、帰国の相談なども この人に相談しつつ、明け暮れ都からの返事を待っていた。そうしているうちに二回目の返事が来た。その主な内容は、もしこの国に留まって商業を営むのであれば、資金は国王から貸し下げ、貢税も免除するというものであった。このような沙汰だけで、以後は食費の下賜もなく、急に生活の手段が絶たれ、またどうすることもできず、やむを得ず知己の人々を訪ねて、一食ずつの恵みを受け、特にキリロの救助によって日を送り、また貴国の救恤を 【左丁絵図の説明】 【右上】 カムチャツカの蒸風呂の図。 多くは各戸に浴室を設けている。その方法は、内部に石を積み、下から火を焚き、石がよく焼けた時にこれに冷水をかける。そうすれば蒸気が盛んに立ち上ってその内部に充満する。この時入口の戸を閉じるのである。浴場は板で仕切ってその脇にある。蒸気はその板の穴から進んでくるのである。幾重にも設けた棚の上に人々が裸で上がり体を 【左下】 蒸せば、よく垢も落ち、疲労も回復する。桜の小枝を葉付きのまま束ね、箒のようにしたものである。人々がこれを持って自分の体を打つと、垢の落ちることが妙である。湯をかけたり水を流したりすることは日本と同じである。