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【右丁】
継(つぎ)又は子息息女(しそくそくぢよ)の側近(さばちか)くにて、談話(だんわ)の応答(おうたう)をなし、其(そ)の他(た)官吏(くわんり)豪商等(ごうしやうとう)に
招(まね)かるゝこと概(おほむ)ね虚日(きよじつ)なく、これがために、城中(じやうちう)残(のこ)る隈(くま)なく見物(けんぶつ)し、又 何処(いづく)
に往(ゆ)くも、胸(むね)にかけたる「メタル」のために、例外(れいぐわい)の国人(こくじん)として、とがめらる
ることなし。我国(わがくに)にて老中(らふぢう)ともいふべき官人(くわんじん)と、馬車(ばしや)に同乗(どうじやう)して野外(やぐわい)に
遊(あそ)びたることもありしが、其 往来(わうらい)至(いたツ)て手軽(てがる)のものなり。女帝(ぢよてい)の行幸(みゆき)さへ、
車(くるま)の前(まへ)に前駆(ぜんく)二人(ふたり)立(た)つ位(くらい)のことにて、人留等(ひとどめとう)のことは更(さら)に見(み)ざる所(ところ)なり
滞在中(たいざいちう)は、何(いづ)れを見(み)ても、眼(め)を驚(おどろ)かさゞるものなく、高楼雲(かいろうくも)に聳(そび)へて、夜(よる)
は街灯(がいとう)昼(ひる)を欺(あざむ)き、ゆきかふ人々(ひと〴〵)一人(ひとり)として提灯(てうちん)を携(たづさ)ふる者(もの)なく、大道広(たいだうひろ)
くして馬車軌(しやばき)を列(なら)べて駛(は)すべく、病院(びやういん)棄子院(すてごいん)学校等(がツかうとう)の備(そな)はれること、唯(たゞ)盛(せい)
大(だい)といはんより外(ほか)なきなり。宝庫(ほうこ)には大なる磁石(じしやく)あり、大(おほい)さ三 尺(じやく)ばか
りにて、方形(はうけい)なり。筋金(すじがね)を入(い)れて釣(つ)り下(さ)げ、其 四隅(よすみ)に百 貫目(くわんめ)の碇(いかり)一 箇(こ)づ
つすひつきたり。其傍(そのかたはら)の螺施(ねじ)を廻(まは)せば、四箇の碇地(いかりち)に落(お)ち、又螺施(ねじ)をも
【左丁】
どせば飛(と)び上(あが)りて吸付(すいつ)くこと元(もと)の如(ごと)し。其 奇功(きこう)唯目(たゞめ)をおどろかすばか
りなり。
これより、少(すこ)しく此国(このくに)在留中(ざいりうちう)の雑事(ざつじ)を記(しる)さんに、言葉(ことば)の我国(わがくに)と同(おな)じき
は、唯(たゞ)人参(にんじん)茶(ちや)煙草(たばこ)の三なり。或(あj)る露人(ロじん)は、水晶(すいしやう)にて天日(てんぴ)をとり、煙草(たばこ)を吸(す)
ひたるものありしが、光太夫(くわうだいう)は、日輪(にちりん)に不敬(ふけい)なりとて之(これ)を為(な)さゞりしに、
彼(かれ)れ大(おほい)に之(こ)を笑(わら)へり。又 武芸(ぶげい)の練習(れんしふ)は、砲術(はうじゆつ)と足踏(あしふみ)の稽古(けいこ)を専(もッツぱら)とし、刃(は)
物(もの)は鈍(にぶ)くして切(き)れざる様(やう)なり。弓(ゆみ)を持(も)つは、猟師(れうし)に限(かぎ)り、其 弓(ゆみ)は我蝦夷(わがえぞ)
人(じん)の弓(ゆみ)の如(ごと)く、甚(はなは)だ粗末(そまつ)なり。総(すべ)て此国(このくに)は獣類(じうるい)甚(はなは)だ多(おほ)く、其革(そのかは)をば、多(おほ)く
外国(ぐわいこく)へも出(いだ)すなり。之(これ)に反(はん)して薬種(やくしゆ)の類(るい)は甚(はなは)だ少(すくな)し。
此国(このくに)に、我国(わがくに)の事(こと)のよく明(あきら)かに知(し)れたるは、驚(おどろ)くに堪(た)へたる次第(しだい)にて、
我国(わがくに)の事情(じじやう)を詳(つまびら)かに記(しる)したる書物(しよもつ)、又(また)は日本 総図(そうづ)等(とう)数多(あまた)ありて、都邑山(というさん)
河(か)の名称(めいしやう)諸大名(しよだいめう)の紋所(もんどころ)まで、委(くわ)しく記入(きにふ)せり。又 松前(まつまえ)より渡(わた)りたりと
現代語訳
【右丁】
世継ぎまたは子息息女の近くで、談話の応答をなし、その他官吏や豪商などに
招かれることがほぼ毎日あり、そのために、城中の隅々まで見物し、またどこ
に行っても、胸にかけた「メダル」のために、特別な外国人として、咎められる
ことはなかった。我が国でいえば老中ともいうべき官人と、馬車に同乗して郊外に
遊びに行ったこともあったが、その往来は至って気軽なものである。女帝の行幸でさえ、
車の前に先導者が二人立つ程度のことで、人払いなどのことは全く見られないところである。
滞在中は、どれを見ても、目を驚かさないものはなく、高い建物が雲に聳え立ち、夜
は街灯が昼を欺くほど明るく、行き交う人々で提灯を携える者は一人もおらず、大通りは広
くして馬車が列をなして走ることができ、病院・孤児院・学校などの設備が整っていることは、ただ盛
大というより他にない。宝庫には大きな磁石があり、大きさは三尺ばか
りで、四角形である。鉄筋を入れて吊り下げ、その四隅に百貫目の錨を一個ず
つ吸い付けている。その傍らのねじを回せば、四個の錨が地に落ち、またねじを元に
【左丁】
戻せば飛び上がって吸い付くことは元の通りである。その奇妙な効果はただ目を驚かすばか
りである。
ここで、少しこの国滞在中の雑事を記そう。言葉で我が国と同じな
のは、ただ人参・茶・煙草の三つのみである。あるロシア人は、水晶で太陽光を集めて、煙草を吸
ったことがあったが、光太夫は、太陽に対して不敬であるとしてこれをしなかったところ、
彼は大いにこれを笑った。また武芸の練習は、砲術と行進の稽古を専らとし、刃
物は鈍くて切れないようである。弓を持つのは、猟師に限られ、その弓は我が蝦夷
人の弓のように、甚だ粗末である。総じてこの国は獣類が甚だ多く、その革を、多く
外国へも輸出している。これに反して薬種の類は甚だ少ない。
この国に、我が国のことがよく明らかに知られているのは、驚くに堪えない次第で、
我が国の事情を詳しく記した書物、また日本総図など数多くあって、都市・山
河の名称、諸大名の紋所まで、詳しく記入されている。また松前より渡ったという
英語訳
【Right page】
He engaged in conversations near the heir or the sons and daughters, and was invited by various officials and wealthy merchants
almost every day without exception. Because of this, he was able to tour every corner of the castle, and wherever
he went, thanks to the "medal" he wore on his chest, he was treated as a special foreigner and was never
reprimanded. He even rode in a carriage with an official who could be called equivalent to a senior councilor (rōjū) in our country, going on excursions to the suburbs,
and such travel was extremely casual. Even the empress's imperial processions
involved only about two outriders in front of the carriage, with no clearing of people from the streets whatsoever.
During his stay, everything he saw was astonishing, with tall buildings soaring into the clouds, and at night
the street lamps were so bright they deceived one into thinking it was day. Among all the people coming and going, not one carried a lantern, the main streets were wide
enough for carriages to run in formation, and the hospitals, orphanages, schools and other facilities were equipped on such a grand
scale that one could only call it magnificent. In the treasury there was a large magnet, about three shaku
in size and square in shape. It was suspended with iron reinforcement, and at its four corners, anchors weighing one hundred kanme each were attached.
When a screw nearby was turned, the four anchors would fall to the ground, and when the screw was turned back
【Left page】
they would fly up and attach again as before. This strange effect was simply
astonishing to behold.
Here I shall record some miscellaneous matters from his stay in this country. The words that were the same as in our country
were only three: ginseng (ninjin), tea (cha), and tobacco (tabako). A certain Russian used a crystal to focus sunlight and smoke
tobacco, but Kōdayū considered this disrespectful to the sun and would not do it,
at which the man laughed heartily. As for martial arts practice, they focused mainly on artillery and marching drills, while their bladed
weapons seemed dull and unable to cut. Only hunters carried bows, and those bows were quite crude,
like those of our Ainu people. In general, this country has very many wild animals, and they export much of the fur
to foreign countries. In contrast, medicinal herbs and such are very scarce.
The extent to which this country clearly knows about our country is truly astonishing—
there are many books that record our country's circumstances in detail, as well as general maps of Japan, with the names of cities, mountains,
and rivers, and even the family crests of the various daimyo recorded in detail. Also, those who had crossed over from Matsumae...