翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

日本漂流譚 - 翻刻

日本漂流譚 - ページ 27

ページ: 27

翻刻

【右丁】 【版心の中央部:(四十)】  然(しか)るに風勢(ふうせい)強(つよ)くして、暫(しば)しも止(や)まざれば、如何(いか)にもして船(ふね)を繋(つ)けたし と、碇(いかり)をおろししに、海底(かいてい)深(ふか)くして碇綱(いかりつな)とヾかざりければ、八十 尋(ひろ)なる碇(いかり) 綱(づな)を二 筋(すじ)つぎ合(あは)せて又(また)もや下(くだ)したれども、猶(なほ)深(ふか)くして届(とヾ)かず。兎角(とかう)す る間(ま)に、無惨(むざん)の風(かぜ)は止(や)みやらず、舟(ふね)は東(ひがし)の方(かた)へ五 里(り)ほども吹流(ふきなが)れしやう に思(おも)はれたり。かくては一大事(いちだいじ)なり、何処(いつく)まで流(なが)さるゝやも測(はか)りがた しと。十五人 共(とも)に元結(もとゆひ)を切(き)り、南無海竜王(なむかいりようわう)、早く風(かぜ)を収(おさ)めて我等(われら)をして 家郷(かきやう)に還(かへ)るを得(え)せしめ玉(たま)へと、口々(くち〴〵)に唱(とな)ふれども、風(かぜ)は益々(ます〳〵)つよきを加(くは) へて、船(ふね)の飛(と)ぶこと矢(や)よりも速(はや)ければ、所詮(しよせん)無事(ぶし)なることは得(え)まじ、少(すこ)しにて も風当(かぜあた)りを除(のぞ)くことよからんと、大(おほい)なる帆柱(ほばしら)に切(き)り捨(す)てたり。かくても、 船(ふね)の東方(とうはう)に流(なが)るゝことは、真帆(まほ)かけて走(はし)るよりも尚(なほ)速(はや)し。かゝりし程(ほと)に、 十四日の暁(あかつき)より、風勢(ふうせい)漸(やうや)く衰(おとろ)へたれば、十五日には帆桁(ほげだ)を切(き)りて柱(はしら)とな し、楫(かぢ)を取(と)りて、西(にし)へ〳〵と直漕(ひたこ)ぎにこぎ行(ゆ)きたり。 【左丁】 【版心の中央部:(四十一)】  此時(このとき)すでに船中(せんちう)の飲水(のみみづ)全(まツた)く尽(つ)き、渇(かつ)に困(くるし)むこと一方(ひとかた)ならざれば、一同(いちどう)膝(ひざ) を集(あつ)めて談(だん)ずるやう、曽(かつ)て旱(ひで)りの年(とし)に、尾州(びしう)竜泉寺(りやうぜんじ)甚周寺(じんしうじ)二ケ寺(じ)の観音(くわんおん) に雨乞(あまごひ)して験(しるし)ありしことあり。この度(たび)も、右(みぎ)の観音(くわんおん)へ遥(はるか)に雨(あめ)を祈(いの)らば、或(あるひ) は霊験(れいげん)ましますべしとて、それより一同(いちどう)祈請(きしやう)をかけたるに、船頭(せんどう)次郎兵(じろうべ) 衛(ゑ)は、われ常々(つね〴〵)聞(き)けることあり、潮水(うしほ)も水気(すゐき)より成(な)れるものなれば、その水(すゐ) 気(き)を取(と)るときは飲料(のみれう)となること必定(ひつぢやう)なり、いざ試(こヽろ)みんとて、数個(すうか)の鍋(なべ)に 潮水(うしほ)を入(い)れおき、其 蒸気(じやうき)の外(ほか)にもれぬやう仕掛(しか)けゝれば、桶(をけ)の中(うち)に露(つゆ)た まりて、水(みづ)二 升(しやう)ほどづゝ溜(たま)りたり。その間(ま)に心願(しんぐわん)の届(とヾ)きしにや、雨(あめ)もふ り《振り仮名:来|きお【た】》りしかば、水(みづ)には不足(ふそく)なきに至(いた)りぬ。薪(たきヾ)は切(き)り捨(す)てたる帆柱(ほばしら)、又は 船中(せんちう)の種々(しゆ〴〵)の道具(だうぐ)の薪(たきヾ)に適(てき)したるものあれば、五十日七十日の間(あひだ)は乏(とぼ) しからずと思(おほ)はれたり。  さて其(その)翌日(よくじつ)、又 寄合(よりあツ)て談(だん)じけるは、此 体(てい)にては、海上(かいしやう)にて幾日(いツか)を過(す)ぐす 【十一行十四字目「大」のルビ「ほ」は「ぽ」にも見える】 【二十四行目文頭「潮水」のルビ「ほ」は「は」にも見える】 【文中のカタカナ「ツ」は促音を表していると思われ、そのまま翻刻した。】

現代語訳

【右丁】 【版心の中央部:(四十)】 ところが風が強くて少しも止まないので、何とかして船を留めたいと錨を下ろしたが、海底が深くて錨綱が届かなかった。そこで八十尋の錨綱を二本つなぎ合わせて再び下ろしたが、それでも深くて届かなかった。そうこうしているうちに、激しい風は止むことなく、船は東の方へ五里ほども吹き流されたように思われた。これでは一大事だ、どこまで流されるか分からないと、十五人全員が元結を切り、「南無海竜王、早く風を収めて我々を故郷に帰らせてください」と口々に唱えたが、風はますます強くなり、船が矢よりも速く飛ぶように流されるので、とても無事ではいられない、少しでも風当たりを和らげようと、大きな帆柱を切り捨てた。それでも船が東方に流れることは、満帆で走るよりもなお速かった。そうしているうちに、十四日の暁から風勢がようやく衰えたので、十五日には帆桁を切って柱とし、舵を取って西へ西へとひたすら漕いで行った。 【左丁】 【版心の中央部:(四十一)】 この時すでに船中の飲み水が完全に尽き、渇きに苦しむことこの上ないので、一同膝を寄せ集めて相談するには、かつて干ばつの年に、尾張の竜泉寺・甚周寺二ヶ寺の観音に雨乞いをして効験があったことがある。今度も、この観音に遥かに雨を祈れば、きっと霊験があるだろうということで、それより一同祈請をかけた。船頭の次郎兵衛は、「私が常々聞いていることがある。潮水も水気から成るものなので、その水気を取れば飲料になることは確実だ。さあ試してみよう」と言って、いくつかの鍋に潮水を入れておき、その蒸気が外に漏れないよう仕掛けると、桶の中に露が溜まって、水が二升ほどずつ溜まった。その間に心願が届いたのか、雨も降ってきたので、水には不足しなくなった。薪は切り捨てた帆柱、また船中の種々の道具で薪に適したものがあるので、五十日七十日の間は不足しないと思われた。 さてその翌日、また寄り合って相談したことには、この状態では海上で何日を過ごす

英語訳

【Right Page】 【Page center: (40)】 However, the wind was so strong and would not abate at all, so wanting to somehow anchor the ship, they dropped anchor, but the seabed was too deep for the anchor rope to reach. They then connected two anchor ropes of eighty fathoms and lowered it again, but it was still too deep to reach bottom. While struggling with this, the terrible wind did not cease, and the ship seemed to be blown eastward for about five ri. "This is a disaster! We cannot tell how far we'll be blown," they said, and all fifteen men cut their topknots and chanted in unison, "Namu Kairyu-o (Hail, Sea Dragon King), quickly calm the wind and let us return to our homeland." But the wind grew ever stronger, and the ship flew faster than an arrow, so they realized they could not remain safe. To reduce the wind resistance even a little, they cut down the great mast. Even so, the ship's eastward drift was still faster than sailing with full sails. During this time, from the dawn of the fourteenth day, the wind gradually began to weaken, so on the fifteenth day they cut the sail yard to use as a mast, took the rudder, and rowed directly westward. 【Left Page】 【Page center: (41)】 At this time, the drinking water aboard ship was completely exhausted, and suffering from thirst beyond measure, they all gathered their knees together to discuss: "Once, in a drought year, we prayed for rain to the Kannon of two temples in Bishu - Ryuzenji and Jinshuji - and it was effective. This time too, if we pray from afar to these Kannon for rain, surely there will be divine efficacy." From then on, they all offered prayers. The ship captain Jirobei said, "I have often heard that even seawater is made of water vapor, so if we extract that water vapor, it will certainly become drinking water. Let us try it." He put seawater in several pots and arranged it so the steam would not leak out, and dew accumulated in buckets - about two sho of water at a time. During this time, perhaps their prayers were answered, as rain also began to fall, so they no longer lacked for water. For fuel, they had the mast they had cut down, and various tools aboard ship suitable for firewood, so they thought it would be sufficient for fifty to seventy days. The next day, they gathered again to discuss: "In this condition, spending so many days at sea..."