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コレクション: 漂流記コレクション

日本漂流譚 - 翻刻

日本漂流譚 - ページ 32

ページ: 32

翻刻

【右丁】 【版心の中央部:(五十)】 しが、楫取(かぢとり)治左衛門(ぢざゑもん)も、四月ごろに至(いた)りて見(み)えずなりければ、これは不思(ふし) 儀(ぎ)と方々(はう〴〵)をさがせども、見当(みあた)らず。後(のち)にて此地(このち)の子供(こども)の語(かた)るを聞(き)くに、 老人(らふじん)ははたらきあしゝとて、我等(われら)にも隠(かく)し打(う)ち殺(ころ)したりとありければ、 さては二人も殺(ころ)されしに相違(さうゐ)はあるまじ。木(き)にて打(う)たれしか、如何(いか)な る最期(さいご)を遂(と)げしか、犬猫(いぬねこ)の児(こ)を殺(ころ)すだに忍(しの)びざるものを、働(はたら)き足(た)らずと て殺(ころ)すとは何事(なにごと)ぞ。と、一は両人(りやうにん)の不幸(ふかう)をかなしみ、一は残(のこ)れるものゝ 行末(ゆくすゑ)をかなしみ、安(やす)き心(こヽろ)もなかりけり。すべて此島(このしま)にては、年老(としおい)て役(やく)に 立(た)ちかぬるものは、親(おや)にても打殺(うちころ)すよし。たヾ、家(いへ)富(と)みて多(おほ)くの芋(いも)を所(しよ) 持(ぢ)するものゝみは、かくもせざるならはしなりとぞ。  さて此方(こなた)のものどもは、かねて日本国の富有(ふいう)なるを説(と)き、常(つね)に金銀(きん〴〵)米(べい) 銭(せん)は更(さら)なり、真鍮(しんちう)等(とう)甚(はなは)だ多(おほ)くして、人々(ひと〴〵)左程(さほど)に珍重(ちんちやう)せざる趣(おもむき)語(かた)り聞(きか)せし に、驚(おとろ)くこと一方(ひとかた)ならず。左様(さやう)の銅銭(どうせん)など幾何(いくばく)を所有(しよいう)するやとたづぬ 【左丁】 【版心の中央部:(五十一)】 るゆゑ、十五人の所有(しよいう)は数(かぞ)へがたきほど多(おほ)く、又 望(のぞ)むときは、労(らふ)せずして 欲(ほツ)するほどの額(かく)を得(え)らるゝ様(さま)を《振り仮名:仕形|したか【しかた】》にて答(こた)へければ、いづれも真実(しんじつ)の ことと信(しん)じ、頻(しき)りに羨(うらや)ましく思(おも)へる様子(やうす)なりしにぞ、或日(あるひ)一同(いちどう)主人(しゆじん)に逢(あ)ひ て、盛(さか)んに日本(にほん)の富有(ふいう)なる国(くに)なることをのべ、若(も)し日本(にほん)に船(ふね)を出(いだ)し《振り仮名:給|た□【まヵ】》はヾ、 其(その)金銀(きん〴〵)米(こめ)銭(ぜに)銅(どう)、すべて財物(ざいもつ)多(おほ)く得(え)らるゝこと掌(たなごヽろ)を見(み)るよりも明かなり、我(われ) 々(われ)に斧(をの)一 挺(てう)づつを貸(か)し玉(たま)はば、木材(もくざい)を集(あつ)めて一艘(いツさう)の船(ふね)を造(つく)り申(まを)さん。 と言(い)ひければ、其(そ)は予(われ)も望(のぞ)む所(ところ)なり、唯(たヾ)此地(このち)に鉄(てつ)なる者(もの)なく、したがつて 斧(をの)といふものなければ、其(そ)の望(のぞ)みに応(おう)じ難(がた)し、但(たヾ)し其方(そのはう)どもの初(はじ)め上陸(じやうりく) せし処(ところ)には、日本(にほん)より乗(の)り来(きた)れる船(ふね)を打破(うちやぶ)りて取(と)りたる釘(くぎ)鋏(はさみ)舟道具(ふなだうぐ)等(とう) あり、定(さだ)めて望(のぞ)むところの斧(をの)もあるべし、初(はし)めの所(ところ)にゆきて借(か)り来(きた)るべ し。といひけり。何(いづ)れも、始(はじ)め上陸(しやうりく)したる地(ち)は、遁(に)げ去(さ)りし後(の)ち一(ひ)ト度(たび) の挨拶(あいさつ)もせざるに、斧(をの)を借(か)らんとて往(ゆ)くは、甚(はなは)だはヾかる所(ところ)なれども、一(いち) 【文中のカタカナ「ツ」は促音を表していると思われ、そのまま翻刻した。】 【文中のカタカナ「ト」は数を表していると思われ、そのまま翻刻した。】

現代語訳

【右丁】 【版心の中央部:(五十)】 しかし、楫取りの治左衛門も四月ごろになって姿が見えなくなったので、これは不思議なこととあちこち探したが見当たらなかった。後になってこの地の子供が語るのを聞くと、老人は働きが悪いとして、私たちにも内緒で打ち殺したとのことであったので、さては二人も殺されたに違いない。棒か何かで打たれたのか、どのような最期を遂げたのか、犬や猫の子を殺すことさえ忍びないものを、働きが足りないといって殺すとはどういうことか。一方では二人の不幸を悲しみ、一方では残された者たちの行く末を悲しみ、安らかな気持ちになれる時もなかった。総じてこの島では、年老いて役に立てなくなった者は、親であっても打ち殺すという習わしである。ただ、家が裕福で多くの芋を所有している者だけは、そのようなことをしないならわしであるという。  さて、こちらの者たちは、かねてから日本国が豊かであることを説き、常に金銀・米・銭はもちろんのこと、真鍮なども非常に多くあって、人々がそれほど珍重しないということを身振り手振りで語り聞かせると、驚くこと並々ならなかった。そのような銅銭などをどれほど所有しているのかと尋ねてきたので、 【左丁】 【版心の中央部:(五十一)】 十五人の所有は数えきれないほど多く、また望む時には苦労せずに欲しいだけの額を得られる様子を身振り手振りで答えると、いずれも本当のことと信じ、しきりに羨ましく思っている様子であった。そこである日、一同が主人に会って盛んに日本が豊かな国であることを述べ、もし日本へ船を出してくださるなら、その金銀・米・銭・銅、すべての財物を多く得られることは手のひらを見るよりも明らかである、私たちに斧を一丁ずつ貸してくださるなら、木材を集めて一艘の船を造りましょう、と言ったところ、それは自分も望むところだが、ただこの地には鉄というものがなく、したがって斧というものもないため、その望みに応えることは難しい。しかし、あなた方が最初に上陸した場所には、日本から乗ってきた船を打ち壊して取った釘・鋏・船道具などがあり、きっとお望みの斧もあるだろう、最初の場所に行って借りてくるとよい、と言った。誰もが、最初に上陸した土地は逃げ去った後に一度も挨拶をしていないので、斧を借りに行くのははなはだ気が引けることではあるが、一か

英語訳

【Right Page】 【Page center: (50)】 However, the helmsman Jizaemon also disappeared around the fourth month. Finding this strange, they searched everywhere but could not find him. Later, hearing a child of that place speak, they learned that the old man had been secretly killed by them because he was not a good worker. So there could be no doubt that the two men had been killed as well. Whether they were struck with a wooden club or what kind of end they met—even killing the young of dogs and cats is something one cannot bear to do, yet to kill someone for not working hard enough—what could this mean? On the one hand they grieved for the misfortune of the two men, and on the other they grieved for the future of those who remained, and there was no moment of peace of mind. In general, on this island, it was the custom to beat to death even one's own parents if they grew old and became unable to work. Only those whose household was wealthy and who possessed many yams were said not to follow such a custom. Now, the castaways had been telling their hosts all along about how wealthy Japan was as a country—conveying through gestures that gold, silver, rice, and coins were abundant, and that even brass and such things were so plentiful that people did not particularly prize them—which astonished the islanders greatly. When asked how much in the way of copper coins the fifteen of them possessed, 【Left Page】 【Page center: (51)】 they gestured in reply that the combined holdings of the fifteen were too numerous to count, and moreover that whenever they wished they could obtain as much as they desired without difficulty. The islanders all believed this to be true and appeared to envy them greatly. So one day the group met together with their master and enthusiastically described Japan as a wealthy country, saying: if you were to send a ship to Japan, it is clearer than looking at the palm of one's hand that you would obtain great quantities of gold, silver, rice, coins, copper, and all manner of goods. If you lend each of us an axe, we will gather timber and build a vessel. Upon hearing this, the master replied: that is indeed what I too would wish for, but there is no iron in this land, and consequently there are no axes here, so it is difficult to fulfill your wish. However, at the place where you first came ashore, there are nails, scissors, and ship's tools taken from the Japanese vessel that was broken apart; surely there must be an axe among them as well. Go to that first place and borrow them. Everyone felt that since they had fled that first landing place without so much as a single word of farewell, going there now to borrow an axe would be extremely awkward; yet with no other choice but to