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翻刻
【右丁】
【版心の中央部:(六十八)】
影(かげ)を拝(はい)するなれば、夜(よ)の明(あく)ることいと早(はや)き海上(かいじやう)なるべし。とかくする内(うち)
又(また)東風(とうふう)おこりて泥中(でいちう)を吹(ふ)き流(なが)され、四五十日の間(あひだ)、一島(いツとう)をも見(み)ることなく
漂(たヽよ)へり。然(しか)れども、其間(そのあひだ)天気(てんき)頗(すこぶ)る暖(あたヽ)なりければ、乗組(のりくみ)一同 常(つね)に肌(はた)ぬぎ
てのみ明(あか)し暮(くら)しけり。
かゝりし程(ほど)に、一日 南風(なんぷう)起(おこ)りて、それよりは、唯(たヾ)北(きた)へ〳〵と五六十 日(にち)ほ
ども吹出(ふきいだ)されけるが、久(ひさ)しく降雨(こうう)なければ、飲水(のみみづ)全(まツた)く尽(つ)きて、廿日計(はつかばか)りの
間(あひだ)は、一滴(いツてき)の水をも飲(の)むこと能(あた)はず。困難(こんなん)実(じつ)に堪(た)へがたかりき。され
どせんすべあらざれば、僅(わづ)かに船中(せんちう)に積(つ)みおきたりし白砂糖(しろざたう)少(すこ)しづゝ
を、口中(こうちう)に入(い)れ、それにて喉(のんど)を潤(うる)ほしつゝ、辛(から)うじて一命(いちめい)を繋(つな)ぎしが、鳥羽(とば)
の者(もの)二人は、遂(つひ)に水(みづ)に渇(かツ)して相果(あひは)てけり。それより悲苦(ひく)こも〴〵迫(せま)り
て一同(いちどう)只管(ひたすら)神仏(しんぶつ)に祈(いの)り、雨(あめ)を乞(こ)ひけれども、俄(にわか)に験(げん)のあるべくも、見(み)えず、
只(たヾ)朝夕(てうせき)銅器(あかもの)に滴(したヽ)るつゆをなめつゝ、僅(わづか)に渇(かつ)を凌(しの)ぎし苦(くるし)みは、中々(なか〳〵)余人(よにん)の
【左丁】
【版心の中央部:(六十九)】
考(かんが)へ及(およ)ぶ所(ところ)にあらざりけり。
北方(ほツぽう)に吹流(ふきなが)されたる故(ゆゑ)にや、殊(こと)の外(ほか)寒気(かんき)つよくなりぬれば、又も一層(いツそう)
の苦難(くなん)を重(かさ)ねたり。さて此処(こヽ)にて月(つき)の出(で)を拝(をが)みたるに、日本(にほん)にありて
見(み)るときと同(おな)じ景色(けしき)なるにぞ、こは必(かなら)ず日本(にほん)に近(ちか)づきしならんと、一同(いちどう)
大(おほい)に悦(よろこ)び勇(いさ)みけり。これまで漂流(へうりう)すること百五十日 程(ほど)なるに、海上(かいじやう)にて
不思議(ふしぎ)と思(おも)ひしことは、北方(ほツぱう)へ流(なが)れゆくとき、或日(あるひ)、長(なが)さ三 間(げん)ほどもある大
なる鮫(さめ)、幾千(いくせん)といふ数(かず)も知(し)れざるほど、船(ふね)を取巻(とりま)き、今(いま)にも船(ふね)は彼等(かれら)のた
めに顚覆(てんぷく)して、魚腹(ぎよふく)に葬(ほうむ)らるゝならんと危(あやう)く思(おも)はれしことあり。又 其後(そのご)
南海(なんかい)の中(うち)にて、蓮(はす)の葉(は)の如(ごと)きもの生茂(おひしげ)りたるが、幅(はヾ)七八 尺(しやく)にて幾(いく)十 里(り)と
もなくつヾきたる処(ところ)もありき。又 一夜(いちや)海上(かいじやう)何処(いづく)とも、折々(をり〳〵)火(ひ)の光(ひかり)の飛(と)
びかふさまを見(み)たることもありき。又 海中(かいちう)に、松(まつ)の木(き)の如(ごと)きもの、いたく
繁茂(はんも)して見(み)えたる処(ところ)もありき。
【文中のカタカナ「ツ」は促音を表していると思われ、そのまま翻刻した。】
現代語訳
【右丁】
【版心の中央部:(六十八)】
影を拝むことができるので、夜明けがとても早い海上であろう。そうこうしているうちに、また東風が起こって泥中から吹き流され、四、五十日の間、一つの島も見ることなく漂流した。しかしながら、その間天気がたいへん暖かだったので、乗組員一同は常に肌脱ぎ(上半身裸)でのみ日を過ごしていた。
そのような時に、ある日南風が起こって、それからは、ただ北へ北へと五、六十日ほども吹き出されたが、長い間降雨がないので、飲み水が全く尽きて、二十日ほどの間は、一滴の水も飲むことができなかった。困難は実に耐え難いものであった。しかし、どうすることもできないので、わずかに船中に積んでおいた白砂糖を少しずつ口の中に入れ、それで喉を潤しながら、辛うじて一命を繋いでいたが、鳥羽の者二人は、ついに水に渇いて死んでしまった。それから悲しい苦しみがますます迫ってきて、一同はひたすら神仏に祈り、雨を乞うたけれども、急に効験があるはずもなく、ただ朝夕に銅器に滴る露をなめながら、わずかに渇きを凌いだ苦しみは、とても他人の
【左丁】
【版心の中央部:(六十九)】
考えの及ぶところではなかった。
北方に吹き流されたためか、特に寒気が強くなったので、また一層の苦難を重ねた。さてここで月の出を拝んだところ、日本にいて見るときと同じ景色なので、これは必ず日本に近づいたのだろうと、一同大いに喜び勇み立った。これまで漂流すること百五十日ほどになるが、海上で不思議と思ったことは、北方へ流れていくとき、ある日、長さ三間(約5.4メートル)ほどもある大きな鮫が、幾千という数も知れないほど船を取り囲み、今にも船は彼らのために転覆して、魚の腹に葬られるだろうと危険に思われたことがあった。またその後、南海の中で、蓮の葉のようなものが生い茂っていて、幅七、八尺(約2.1~2.4メートル)で幾十里ともなく続いている所もあった。また一夜、海上のどこからともなく、時々火の光が飛び交う様子を見たこともあった。また海中に、松の木のようなものが、たいそう繁茂して見える所もあった。
英語訳
【Right Page】
【Page center: (68)】
Since they could see the sun's rays, it must be waters where dawn comes very early. While this was happening, an east wind arose again and blew them away from the mud, and for forty to fifty days they drifted without seeing a single island. However, during that time the weather was quite warm, so all the crew members spent their days constantly with their upper bodies bare.
During such times, one day a south wind arose, and from then they were blown out north and north for about fifty to sixty days. Since there had been no rainfall for a long time, their drinking water was completely exhausted, and for about twenty days they could not drink even a drop of water. The hardship was truly unbearable. However, since there was nothing they could do, they put small amounts of white sugar that had been stored in the ship into their mouths, moistening their throats with it and barely sustaining their lives. But two men from Toba finally died of thirst. From then on, grief and suffering pressed upon them more and more, and while everyone earnestly prayed to gods and buddhas and begged for rain, there was no sign of immediate divine response. They merely licked the dew that dripped onto copper vessels morning and evening, barely staving off thirst - a suffering that was far beyond what others could
【Left Page】
【Page center: (69)】
possibly imagine.
Perhaps because they had been blown northward, the cold became particularly severe, adding yet another layer of hardship. When they observed the rising moon from this place, the scenery was the same as when viewing it from Japan, so they thought this must mean they had surely drawn near to Japan, and everyone greatly rejoiced and took courage. They had now been drifting for about one hundred and fifty days, and what they found strange on the sea was that when drifting northward, one day large sharks about three ken (approximately 5.4 meters) long surrounded the ship in countless thousands, and they feared that at any moment the ship would be capsized by them and they would be buried in the fish's belly. Also, later in the southern seas, there were places where lotus leaf-like plants grew thickly, seven to eight shaku (about 2.1-2.4 meters) wide and continuing for dozens of ri. Also, one night they saw what appeared to be lights flying back and forth from somewhere on the sea. There were also places where pine tree-like things appeared to be growing luxuriantly in the sea.