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翻刻
【右丁】
【版心の中央部:(七十)】
かくて一夜(いちや)をこゝに明(あか)し、暁(あかつき)がたになりて、東方(とうはう)遥(はる)かに陸地(をか)の見(み)えけ
るにぞ、定(さだ)めて神仏(しんぶつ)の加護(かご)にて、日本(にほん)に着(ちやく)せしならんと、いたくよろこび
つゝ、帆(ほ)を上(あ)げて近(ちか)より、船(ふね)は十町ほど沖(おき)にかゝりて、船頭(せんどう)水主(かこ)都(すへ)て四人、
端船(はしけ)に乗(の)り移(うつ)りて上陸(じやうりく)し、まづ何(なに)よりも一滴(いツてき)の水(みづ)やあると、砂原(すなばら)をさが
し居(ゐ)たるに、異様(ゐやう)の扮装(いでたち)したるが、鎗(やり)、弓矢(ゆみや)、鉄砲(てつぱう)を携(たづさ)へたるもの八人、之を
見付(みつ)けて近(ちか)づき来(きた)り、何(なに)をか言(い)ふやうなれども、言語(げんぎよ)通(つう)ぜずして其(そ)の意(い)
を得(え)がたし。これにて此地(このち)の日本にあらざることを知(し)りぬ。さて此(こ)
方(なた)よりは、咽(のんど)をさすりて、水(みづ)を求(もと)むる仕形(しかた)をしめすに、彼等(かれら)は飢(う)ゑたりと
や察(さツ)しけん、懐中(くわいちう)より団子(だんご)を出(いだ)して与(あた)へけり。夫(それ)をば返(かへ)し、尚(なほ)水(みづ)を求(もと)む
る様(さま)を示(しめ)しゝに、漸(やうや)く合点(がてん)せしと見(み)え、三十 町程(ちやうほど)つれ行(ゆ)きて、清水(しみづ)のある
所(ところ)を教(をし)へたれば、四人は飽(あく)まで飲(の)みて、二十日余(はつかあま)り渇(かわ)きにかわきし喉(のんど)を
沾(うる)ほしたる其時(そのとき)の心地(こヽち)よさ、何(なに)に喩(たと)へんかたもなかりき。
【左丁】
【版心の中央部:(七十一)】
廿日余(はつかよ)にて水を得(え)しばかりなり。百五六十 日(にち)にて始(はし)めて国土(こくど)と人(ひと)
を見(み)しまゝなり。体力(たいりよく)のつかれはなか〳〵に未(いま)だ回復(くわつふく)の間(ま)もなきに、
かの八人は、四人(よにん)のものゝ衣類(いるゐ)をはぎとり着替(きがへ)を入(い)れたる柳行李(やなぎこうり)をも
奪(うば)ひとり、まるはだかにして四五 町程(ちやうほど)も連(つ)れ行(ゆ)き、塩焼小屋(しほやきごや)のやうなる
いと見苦(みぐる)しき家(いへ)の内(うち)に押入(おしい)れたり。さて松火(たいまつ)を焚(た)きて之(これ)にあたらせ、
《振り仮名:皮|か□【は】》にて作(つく)りたる着物(きもの)を着(き)せけるに、一同(いちどう)甚(はなは)だきうくつの思(おも)ひをなせり。
されど、唯(たヾ)其(そ)の暖(あたヽ)かなるをたのみに、暫(しば)しこらへてありし程(ほど)に、食事(しよくじ)には
粟(あは)の団子(だんご)を出(いだ)すにぞ、之を食(く)ひ居(を)りしが、八人は海辺(かいへん)に行(ゆ)き、端船(はしけ)を打(うち)わ
り、釘(くぎ)金物(かなもの)を取(と)り来(きた)りけり。皆々(みな〳〵)は籠(かご)に入(い)れられし小鳥(ことり)の如(ごと)き思(おも)ひを
なし、行末(ゆくすゑ)如何(いか)なる目(め)に逢(あ)はんかと、空恐(そらおそ)ろしく案(あん)じ煩(わづら)ふ中(うち)、里正(なぬし)村長(むらどしより)に
もやあらんとおぼしきもの四人と、外(ほか)に農夫体(のうふてい)の者二百人 程(ほど)来(きた)れるを
見(み)るに、何(いづ)れも頭(かしら)には小笠(こがさ)又は頭巾(づきん)をかぶり、皮(かは)の衣(ころも)を着(き)たり。中(うち)に就(つい)
【文中のカタカナ「ツ」は促音を表していると思われ、そのまま翻刻した。】
現代語訳
【右丁】
【版心の中央部:(七十)】
こうして一夜をここで明かし、夜明け頃になって、東方はるかに陸地が見えたので、きっと神仏の加護によって日本に着いたのだろうと、たいそう喜びながら、帆を上げて近づいた。船は十町ほど沖にかかって、船頭と水夫合わせて四人が、端船に乗り移って上陸し、まず何よりも一滴の水はないかと、砂原を探していたところ、異様な格好をして、槍、弓矢、鉄砲を携えた者八人が、これを見つけて近づいてきて、何かを言うようだったが、言葉が通じず、その意味を理解することができなかった。これでこの土地が日本ではないことを知った。そこでこちらからは、喉をさすって水を求める仕草を示すと、彼らは飢えているのかと察したのか、懐中から団子を出して与えた。それを返して、なお水を求める様子を示すと、ようやく合点したと見えて、三十町ほど連れて行って、清水のある所を教えてくれたので、四人は飽くまで飲んで、二十日余り渇きに渇いていた喉を潤した、その時の心地よさは、何に例えようもなかった。
【左丁】
【版心の中央部:(七十一)】
二十日余りにして水を得ただけのことである。百五、六十日にして初めて国土と人を見ただけのことである。体力の疲れはなかなかまだ回復の間もないのに、かの八人は、四人の者の衣類を剥ぎ取り、着替えを入れた柳行李をも奪い取り、まる裸にして四、五町ほども連れて行き、塩焼き小屋のようなたいそう見苦しい家の中に押し入れた。そして松明を焚いてこれに当たらせ、皮で作った着物を着せたが、一同はたいへん窮屈な思いをした。しかし、ただその暖かさを頼みに、しばらく我慢していたところ、食事には粟の団子を出してくれたので、これを食べていたが、八人は海辺に行き、端船を打ち壊し、釘や金物を取ってきた。皆々は籠に入れられた小鳥のような思いをして、行く末どのような目に遭うのかと、空恐ろしく案じ煩っている中、里正や村長であろうかと思われる者四人と、ほかに農夫姿の者二百人ほどがやって来るのを見ると、どれも頭には小笠または頭巾をかぶり、皮の衣を着ていた。その中で
英語訳
【Right Page】
【Page center: (70)】
Thus they spent the night there, and when dawn came, they could see land far to the east, so thinking that surely through divine protection they had reached Japan, they rejoiced greatly as they raised their sails and approached. The ship anchored about ten chō offshore, and four men—the captain and sailors—transferred to a small boat and landed. First seeking above all else even a drop of water, they were searching the sandy beach when eight men in strange dress carrying spears, bows and arrows, and guns discovered them and approached. Though these men seemed to be saying something, the languages did not communicate and they could not understand their meaning. From this they realized that this land was not Japan. When they gestured from their side, rubbing their throats to show they sought water, the others apparently thought they were hungry and took out dumplings from their pockets to give them. They returned these and still showed that they sought water, whereupon the men seemed to finally understand and led them about thirty chō to show them a place with fresh water. The four drank their fill, moistening throats that had been parched with thirst for over twenty days—the comfort of that moment was beyond all comparison.
【Left Page】
【Page center: (71)】
It was only after more than twenty days that they obtained water. It was only after one hundred fifty to sixty days that they first saw land and people. Their physical strength had not yet had time to recover from exhaustion, when those eight men stripped the four of their clothing, seized even the wicker trunks containing their spare clothes, left them completely naked, led them four or five chō away, and forced them into an extremely unsightly house like a salt-making hut. They lit pine torches for warmth and had them wear clothing made of leather, but everyone felt extremely uncomfortable. However, relying only on the warmth, they endured for a while, and for meals they were given millet dumplings, which they ate. Meanwhile, the eight men went to the seashore, broke up the small boat, and took the nails and metal fittings. Everyone felt like caged birds, fearfully worrying about what fate might befall them, when they saw four men who appeared to be village headmen or elders, along with about two hundred others in farmers' attire. All wore small hats or hoods on their heads and were clothed in leather garments. Among them...