翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

日本漂流譚 - 翻刻

日本漂流譚 - ページ 43

ページ: 43

翻刻

【右丁】 【版心の中央部:(七十二)】 て里正(なぬし)村長(むらどしより)などは、沓(くつ)又は雪踏(せつた)の如(ごと)き物(もの)をふめり。さて此(こ)の里正(なぬし)など の立合(たちあひ)にて、四人に向(むか)ひ、何(なに)をか問(と)ふ所(ところ)あるが如(ごと)くなれども、言語(げんぎよ)少しも 通(つう)ぜざるゆゑ、朱墨(しゆずみ)にて、日本人(にほんじん)と草体(さうたい)にて書(か)き示(しめ)しゝに、彼等(かれら)は一向(いツかう)に 読(よ)めざる様子(やうす)なれば、尚(なほ)仮名(かな)を付(つ)けて示(しめ)しけれども、此(これ)亦(また)読(よ)み得(う)る様(さま)な し。よりて、楷書(かいしよ)にて書(か)き示(しめ)せども、尚(なほ)読(よ)めざるにぞ、打(う)ち捨(すて)ておけるに、 彼等(かれら)一同(いちどう)大(おほい)に笑(わら)ひぬ。さて、彼等(かれら)は、幅(はヾ)四尺ばかりの鼠色絹(ねずみいろぎぬ)を八(や)ツに切(き) り、何(なに)ならん蚯蚓(みヽず)の如(ごと)き文字(もじ)を朱墨(しゆずみ)にて書(か)き記(しる)し、此家(このいへ)の門口(かどぐち)に張(は)り附(つ) け、始(はし)め衣類(いるゐ)を剥取(はぎと)りたる曲者(くせもの)八人を大勢(おほぜい)にて捕(とら)へ、《振り仮名:鼻|ば【はヵ】な》をこすり手足(てあし)を 猿(さる)しばりとなし、其(そ)の額(ひたい)に何(なに)をかつけ、一人に四人づゝ守(まも)りのものを添(そ) えおき、時々(とき〴〵)鼻(はな)をこすりて泣(な)かする様(さま)は、悪(あく)を罪(つみ)する処刑(しよけい)と知(し)られて、お かしくも亦(また)心地(こヽち)よくこそ覚(おぼ)えけり。それより本船(ほんせん)の番人(ばんにん)として、大勢(おほぜい) を遣(つか)はしたる様(さま)なりしが、四人には百人ほど附添(つきそ)ひ、着物(きもの)も元(もと)の着物(きもの)を 【左丁】 【版心の中央部:(七十三)】 着(き)せ、柳行李(やなぎかうり)も取返(とりかへ)し、附添人(つきそひにん)代(かは)る〴〵四人の手足(てあし)をさすり、又 団子(だんご)を出(いだ) して食(くら)はしむ。彼是(かれこれ)する内(うち)日(ひ)も暮(く)れしに、皮(かは)にて蒲団(ふとん)の如(ごと)く作(つく)りたる 大(おほい)さ一 丈(じやう)に八 尺(しやく)ほどの夜具(やぐ)四 枚(まい)を出(いだ)して寝(しん)につかしめ、夜中(やちう)も松火(たいまつ)を 焚(た)き、且(か)つ手足(てあし)を按摩(あんま)してねさせなどしつゝ、すべて漂流(へうりう)の客(かく)をして、怖(おそ) れず安堵(あんど)せしむる様子(やうす)なるは、質朴(しつぼく)にして愛(あい)すべきの至(いた)りなりき。さ れば、一同(いちどう)は今朝(けさ)八人の曲者(くせもの)に衣類(いるゐ)を褫(は)がれし時(とき)の憂目(うきめ)も、今(いま)は何(いづれ)へか 失(う)せはてゝ、唯(たヾ)愉快(ゆくわい)を感(かん)ずるばかりとなりぬ。  かくて此所(こヽ)に一夜(いちや)を明(あか)しゝに、又 里正体(なぬしてい)のもの五人 村民(そんみん)二百人ばか り来(きた)りて、又おかしきことをぞなしたりける。そは長(なが)さ三 間(げん)幅(はヾ)九 尺(しやく)厚(あつ)さ 四五 寸(すん)ほどの一枚板(いちまいいた)に、漂客(こなた)一人づゝを乗(の)せ、大勢(おほぜい)にてかき行(ゆ)く様(さま)は、田(ゐ) 舎(なか)祭礼(さいれい)の神輿(みこし)の渡御(とぎよ)に異(こと)ならず。しかのみならず、過(す)ぎ行(ゆ)く村々(むら〳〵)到(いた)る 所(ところ)に、酒(さけ)団子(だんご)など饗(きやう)して、数多(あまた)の見物人(けんぶつにん)両側(りやうがは)に立并(たちなら)び、いとめづらしげに 【文中のカタカナ「ツ」は促音を表している(八行下から三字目は数を表している)と思われ、そのまま翻刻した。】

現代語訳

【右丁】 【版心の中央部:(七十二)】 里正や村長などは、靴または雪駄のような物を履いていた。そしてこの里正などの立ち会いで、四人に向かって、何かを問うところがあるようだったが、言葉が少しも通じないので、朱墨で「日本人」と草書で書いて示したところ、彼らは全く読めない様子だったので、さらに仮名を付けて示したが、これもまた読むことができない様子だった。そこで、楷書で書いて示したが、それでも読めないので、諦めて放っておくと、彼ら一同は大いに笑った。さて、彼らは、幅四尺ばかりの鼠色の絹を八つに切り、何だかミミズのような文字を朱墨で書き記し、この家の門口に張り付け、最初に衣類を剥ぎ取った悪者八人を大勢で捕らえ、鼻をこすって手足を猿縛りにし、その額に何かを付け、一人に四人ずつ見張りの者を付けておき、時々鼻をこすって泣かせる様子は、悪事を罪する処刑と知られて、おかしくもまた心地よく思われた。それから本船の番人として、大勢を派遣した様子だったが、四人には百人ほどが付き添い、着物も元の着物を 【左丁】 【版心の中央部:(七十三)】 着せ、柳行李も取り返し、付添人が代わる代わる四人の手足をさすり、また団子を出して食べさせた。あれこれしているうちに日も暮れたので、皮で蒲団のように作った大きさ一丈に八尺ほどの夜具四枚を出して寝かせ、夜中も松明を焚き、かつ手足をマッサージして寝かせるなどして、すべて漂流者を恐れさせず安心させる様子は、質朴で愛すべきことの極みだった。そういうわけで、一同は今朝八人の悪者に衣類を剥がれた時の辛い目も、今はどこへか消え失せて、ただ愉快を感じるばかりとなった。 こうしてここで一夜を明かしたところ、また里正らしき者五人と村民二百人ばかりがやって来て、またおかしなことをした。それは長さ三間、幅九尺、厚さ四、五寸ほどの一枚板に、漂流者を一人ずつ乗せ、大勢で担いで行く様子は、田舎の祭礼の神輿の渡御と変わらなかった。そればかりでなく、通り過ぎる村々至る所で、酒や団子などでもてなし、数多くの見物人が両側に立ち並び、たいそう珍しそうに

英語訳

【Right Page】 【Page center: (72)】 The village headmen and elders wore things like shoes or sandals. With these headmen present, they seemed to be asking the four men something, but since the languages did not communicate at all, they wrote "Japanese" in grass script with red ink to show them. However, the locals appeared completely unable to read it, so they added kana characters, but they could not read these either. They then wrote in regular script, but when they still could not read it, they gave up and set it aside, whereupon all the locals laughed heartily. The locals then cut gray silk about four shaku wide into eight pieces, wrote some worm-like characters in red ink, and posted these at the entrance of the house. They captured the eight villains who had initially stripped the clothing with a large group, rubbed their noses, bound their hands and feet like monkeys, attached something to their foreheads, assigned four guards to each one, and from time to time rubbed their noses to make them cry—this appeared to be punishment for their wrongdoing, which seemed both amusing and satisfying. Then they apparently sent a large group to guard the main ship, while about one hundred people attended the four men, gave them back their original clothing, 【Left Page】 【Page center: (73)】 returned their wicker trunks, had the attendants take turns massaging the four men's hands and feet, and brought out dumplings for them to eat. While doing all this, the day came to an end, so they brought out four bedding sets made of leather like futon, each about one jō by eight shaku in size, for them to sleep on. Throughout the night they kept pine torches burning and massaged their hands and feet to help them sleep—their manner of ensuring the castaways felt no fear and were at ease was the height of simple kindness and lovability. Thus, the distress that everyone had felt this morning when the eight villains stripped their clothing had now completely vanished, and they felt nothing but pleasure. After spending the night there, five more headman-like figures and about two hundred villagers came and did another curious thing. They placed each castaway on a single plank about three ken long, nine shaku wide, and four to five sun thick, and carried them with a large group—this was no different from the procession of a portable shrine at a rural festival. Moreover, in every village they passed through, they were offered sake and dumplings, with many spectators lining both sides of the road, looking on with great curiosity.