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コレクション: 漂流記コレクション

日本漂流譚 - 翻刻

日本漂流譚 - ページ 44

ページ: 44

翻刻

【右丁】 【版心の中央部:(七十四)】 見(み)つめたる様(さま)は、なか〳〵におかしかりき。  さて、村々(むら〳〵)の間(あひだ)は田圃(でんぽ)相接(あひせツ)し、まゝ色(いろ)黒(くろ)き松(まつ)の木(き)及(およ)び茶(ちや)の木(き)など生(お)ひ 茂(しげ)れり。之を眺(なが)めつゝ、肩上(けんじやう)の舟(ふね)にて十 里余(りよ)も過(す)ぎ、七(なヽ)ツ時(どき)[《割書:今の午|後四時》]すぎ に、五ケ村(そん)めに達(たツ)したり。此村(このむら)は稍(やヽ)大村(たいそん)にて、家作(やづくり)の様も見苦(みぐる)しからず。 されど屋根(やね)は大(おほ)むね萱(かや)ぶきなり。此村(このむら)に一宿(いツしゆく)せしが、其家宅(そのかたく)は奥行(おくゆき)詳(つまび) か【注】ならざれども、間口(まぐち)五六十 間(けん)もあるべく、屋内(をくない)悉(こと〴〵)く皮(かは)を敷(し)き、数個(すうか)の椽(えん) 台(だい)をしつらひ、其 上(うへ)に皮(かは)十 枚(まい)ほども敷(し)きかさねて、之(これ)に一同(いちどう)をば坐(ざ)せし めたり。四方(しはう)は金襴(きんらん)の幕(まく)を打(う)ち、其 外(ほか)家内(かない)には、鼠色(ねずみいろ)地(ぢ)に紅(あか)さ模様(もやう)ある 唐木綿(たうもめん)の幕(まく)を張(は)り、またも酒(さけ)と団子(だんご)の饗応(きやうおう)をぞなしたりける。其の酒(さけ) は三 年酒(ねんざけ)の如(ごと)くにて、色(いろ)は濃(こ)けれど、味(あぢ)甘(あま)きに酸(す)を帯(お)びて、飲(の)むに堪(た)ふべ からず。又 肴(さかな)も出(いだ)しけれども、悪臭(あくしう)ありて食(くら)ふに堪(た)へざるものなり。 かくて翌日(よくじつ)早朝(さうてう)になりければ、彼国(かのくに)の官人(くわんじん)と覚(おぼ)しきもの二人、我(わが)箱根(はこね)の 【左丁】 【版心の中央部:(七十五)】 笟駕籠(ざるかご)【笟は笊ヵ】の如(ごと)く最(いと)も精巧(せいこう)の乗物(のりもの)に乗(の)りたるが、従者(じうしや)三十人ほどを従(したが)へ来(きた) り、漂客(こなた)に向(むか)ひて問(と)ふ所(ところ)あれども、更(さら)に解(かい)せざりしに、万国地図(ばんこくちづ)を出(いだ)して 示(しめ)しゝゆゑ、日本(にほん)と記(しる)せる所(ところ)をさしたりければ、彼等(かれら)は打頷(うちうなつ)き、何(なに)をか考(かんが) ふるやうなりしが、暫(しばら)くありて従者(じうしや)に命(めい)じ、皮(かは)にて作(つく)れる長(なが)さ五六尺の 長持(ながもち)の中(うち)より、大(おほ)きなる饅頭(まんじう)やうのものを取出(とりいだ)して、此方(こなた)のものに三(み)ツ づゝ与(あた)へたり。此(これ)亦(また)悪臭(あくしう)甚(はなはだ)しくして食(くら)ふに堪(た)ふべからざれど、全(まツた)く《振り仮名:口|ぐ【くヵ】ち》 にせざらんも無礼(ぶれい)なるべしと思(おも)ひ、只(たヾ)一(ひと)つを四人にて食(くら)ひ、残(のこ)りには手(て) も触(ふ)れざりしに、彼等(かれら)は大(おほい)に笑(わら)へり。さて、後(の)ち二人の官人(くわんじん)は、此(こ)の地(ち)の 里正(なぬし)に何事(なにごと)をか命(めい)じつゝ、またもとの駕籠(かご)に打乗(うちの)り、此方(こなた)に一礼(いちれい)してぞ まかり帰(かへ)りぬ。其後(そのご)は、さきの板(いた)に乗(の)せられて、昨日(さくじつ)の如(ごと)く宿送(しゆくおく)りせら るゝこと三十日《振り仮名:程|は【ほ】ど》にて、国都(こくと)ともおぼしき《振り仮名:処|と□【こ】ろ》に着(つ)きにけり。其の地(ち)の入(いり) 口(ぐち)には伊勢国(いせのくに)宮川(みやかは)ほどの大川(おほかは)ありて、船(ふね)にて渡(わた)り、それより町家(ちやうか)を十四 【注 「詳(つまび)か」は「つまびらか」ヵ。ルビもしくは送り仮名の「ら」脱ヵ。】 【五行目の[ ]は亀甲括弧】 【十行下から六字目~「紅(あか)さ模様」は「紅き模様」ヵ】 【二十三行十一字目「甚」のルビ三字目の「は」は「ば」にも見える】 【文中のカタカナ「ツ」は促音を表している(五行下から四字目、二十二行目文末は数を表している)と思われ、そのまま翻刻した。】

現代語訳

【右丁】 【版心の中央部:(七十四)】 見つめている様子は、なかなかおかしかった。 さて、村々の間は田んぼが相接し、時々色の黒い松の木や茶の木などが生い茂っていた。これを眺めながら、肩で担ぐ舟で十里余りも過ぎ、七つ時(今の午後四時)過ぎに、五ヶ村目に到達した。この村はやや大きな村で、家の造りの様子も見苦しくなかった。しかし屋根は大体茅葺きだった。この村で一泊したが、その家屋は奥行きは詳しくはわからないが、間口は五、六十間もあるだろうと思われ、屋内はすべて皮を敷き、数個の縁台を設置し、その上に皮を十枚ほども重ね敷いて、これに一同を座らせた。四方は金襴の幕を張り、その他家内には、鼠色地に赤い模様のある唐木綿の幕を張り、またも酒と団子でもてなしをした。その酒は三年酒のようで、色は濃いけれど、味は甘いのに酸味を帯びていて、飲むに堪えなかった。また肴も出したけれども、悪臭があって食べるに堪えないものだった。 こうして翌日早朝になると、あの国の官人と思われる者二人が、我が箱根の竹籠のように非常に精巧な乗り物に乗って、従者三十人ほどを従えてやって来て、 【左丁】 【版心の中央部:(七十五)】 漂流者に向かって問うところがあったが、全く理解できなかった。そこで世界地図を出して示したので、日本と記されたところを指したところ、彼らはうなずいて、何かを考えるようだったが、しばらくして従者に命じ、皮で作られた長さ五、六尺の長持の中から、大きな饅頭のようなものを取り出して、こちらの者に三つずつ与えた。これもまた悪臭が甚だしくて食べるに堪えないが、全く口にしないのも無礼だろうと思い、ただ一つを四人で食べ、残りには手も触れなかったところ、彼らは大いに笑った。さて、後に二人の官人は、この地の里正に何事かを命じながら、またもとの駕籠に乗り込み、こちらに一礼して帰って行った。その後は、前の板に乗せられて、昨日のように宿送りされること三十日ほどで、国の都と思われるところに着いた。その地の入り口には伊勢国の宮川ほどの大川があって、船で渡り、それから町家を十四

英語訳

【Right Page】 【Page center: (74)】 The way they stared was quite amusing. The villages were connected by rice fields, with occasional dark-colored pine trees and tea plants growing thick. While viewing this scenery, they were carried in shoulder-borne palanquins for over ten ri, reaching the fifth village after seven o'clock (four o'clock in the afternoon by today's time). This village was rather large, and the construction of the houses was not unsightly. However, the roofs were mostly thatched. They stayed overnight in this village, and though the depth of the house was unclear, the frontage seemed to be fifty or sixty ken. The entire interior was covered with leather, several raised platforms were arranged, and about ten layers of leather were spread on top for everyone to sit on. The four sides were hung with gold brocade curtains, and elsewhere in the house, curtains of foreign cotton with red patterns on a gray background were hung, and they were again treated with sake and dumplings. The sake was like three-year-old wine—though dark in color, it had a sweet taste with sourness that made it undrinkable. They also served side dishes, but these had a foul odor and were inedible. The next morning, two men who appeared to be officials of that country came riding in extremely elaborate palanquins like the bamboo sedan chairs of our Hakone, accompanied by about thirty attendants. 【Left Page】 【Page center: (75)】 They asked the castaways something, but it was completely incomprehensible. So they brought out a world map to show them, and when the castaways pointed to the place marked "Japan," the officials nodded and seemed to be thinking about something. After a while, they ordered their attendants to take large dumpling-like objects from leather chests about five or six shaku long and gave three to each of the castaways. These also had a terrible odor and were inedible, but thinking it would be rude not to taste them at all, they shared just one among the four men and didn't touch the rest, whereupon the officials laughed heartily. Later, the two officials gave some orders to the local headman, got back into their palanquins, bowed once to the castaways, and departed. Thereafter, they were placed on the same planks and transported from village to village as before for about thirty days until they reached what seemed to be the national capital. At the entrance to this place was a great river as large as the Miya River in Ise Province, which they crossed by boat, and then passed fourteen townhouses