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コレクション: 漂流記コレクション

日本漂流譚 - 翻刻

日本漂流譚 - ページ 54

ページ: 54

翻刻

【右丁】 【版心の中央部:(九十四)】 くへと向(むか)ひける。斯(かく)て七月廿日には材木(ざいもく)も積了(つみをは)り、立火(だツぴ)の小泊(ことまり)といふ 所(ところ)より出帆(しゆツぱん)して、順風(じゆんぷう)いと和(やは)らかに帆足(ほあし)を延(のば)して走(ばし)りけるに、湊(みなと)をはな れて十四五 里(り)ぱかり沖(おき)の方(かた)へ漕出(こぎいで)し頃(ころ)、何(なん)とかはしたりけん、食焼(しよくたき)の源(げん) 蔵(ざう)、帆足(ほあし)にはねられ、やぐらより渦巻(うづま)く波(なみ)に落入(おちいり)たり。是(これ)はと船中(せんちう)立(たち)さ わぎ、忽(たちま)ち帆(ほ)をおろし碇(いかり)を入(い)れ、苫(とま)を投込(なげこみ)水竿(みづざを)をながし、およげおよげと 《振り仮名:声|こし【ゑヵ】》をかけしかども、浮(うか)び出(い)づるけしきも見(み)えず。されば一同(いちどう)驚(おどろ)きつゝ、 てんまをおろしてこゝかしこと捜(さが)せども、それぞと覚(おぼ)しき手(て)がゝりだ にもあらざりき。哀(あは)れ源蔵(げんざう)今年(ことし)十九の秋(あき)の草(くさ)、露(つゆ)の命(いのち)は海底(かいてい)の藻屑(もくづ)と 消(き)えて失(う)せにけり。さてせんかたなく〳〵《振り仮名:帆|ぱ【ほ】》をあげて船(ふね)をよそほひ、 あと白波(しらなみ)のうきわかれに、皆々(みな〳〵)袖(そて)をぞしぼりける。夫(それ)より南部(なんぶ)才浦(さいのうら)と いふに着(つ)き、十日余(とをかあまり)も滞留(たいりう)して、源蔵(げんざう)の代(かはり)の人(ひと)を才覚(さいかく)し、貞五郎(さだごろう)といふも のを雇(やと)ひ入(い)れ、夫より松前(まつまへ)の内(うち)箱館(はこだて)といふ所(ところ)に着(つ)きぬ。こゝはよき湊(みなと)、 【左丁】 【版心の中央部:(九十五)】 なれば、滞留(たいりう)して日和(ひより)をしばし待居(まちゐ)たり。爰(こヽ)に船子(ふなこ)の内(うち)に長作(ちやうさく)といふ 若者(わかもの)、宿(やど)の娘(むすめ)のおきんといふものと忍(しの)び逢(あ)ひ、明日(あす)は出船(しゆツせん)といふ夜(よる)、其娘(そのむすめ) をつれて出奔(しゆツぽん)す。是(これ)ぞ命(いのち)をつなぐ緣(ゑん)の綱(つな)とは後(のち)にぞおもひしられけ る。さて一 両日(りようじつ)は長作(ちやうさく)が行方(ゆくかた)を尋(たづね)しかど、一向(いツかう)にわからず。前(さき)には源(げん) 蔵(ざう)があへなき最後(さいご)を遂(と)げたるに、今(いま)又(また)かゝる不幸(ふかう)に遭(あ)ひぬれば、何(いづ)れも 行(ゆ)くさき不吉(ふきつ)の兆(しるし)にやあらんと、皆(みな)しほたれて船(ふね)をばしつらひ出(いで)にけ り。かくて八月廿日 余(あま)り、奥(おく)の仙台(せんだい)みさき小淵(こふち)の湊(みなと)に着(つ)き、問屋(とひや)に《振り仮名:宿|た【や】ど》り て僧(そう)を請(しやう)じ、源蔵(げんざう)が五七 日(にち)の供養(くやう)をいとなみ、且(か)つ長作(ちやうさく)が代(かはり)の人(ひと)をも雇(やと) はんと人々(ひと〴〵)に頼(たの)みて、其の地(ち)に名(な)を得(え)お【た】る強力(ごうりき)の男(をとこ)金槌(かなづち)長太(ちやうた)といふを やとひ出(いだ)しければ、船(ふね)の道具(だうぐ)も夫(それ)〴〵に修理(しゆり)を加(くわ)へ、初秋(はつあき)の暴風(ばうふう)をまぬ かれんとぞ、暫(しば)しこゝにて天気(てんき)を伺(うかヾ)ひける。かくて日数(ひかず)過(すぐ)る内(うち)、空(そら)の気(け) 色(しき)も折合(をりあひ)ければ、明日(あす)は必(かなら)ず《振り仮名:出帆|しゆツば【ぱヵ】ん》せんと、其 支度(したく)を整(とヽの)へて、夜(よ)の明(あく)るを待(まち) 【文中のカタカナ「ツ」は促音を表していると思われ、そのまま翻刻した。】 【ルビの「ば」「ぱ」は区別しづらい】

現代語訳

【右丁】 【版心の中央部:(九十四)】 奥州路へと向かった。こうして七月二十日には材木も積み終わり、立石の小泊という所から出帆して、順風がとても穏やかで帆を張って航行していたが、港を離れて十四、五里ばかり沖の方へ漕ぎ出した頃、何かの拍子に、炊事係の源蔵が帆に跳ね飛ばされて、船から渦巻く波に落ちてしまった。これはと船中が大騒ぎとなり、たちまち帆を下ろして錨を入れ、苫を投げ込んで水竿を流し、「泳げ、泳げ」と声をかけたけれども、浮かび上がってくる様子も見えない。そこで一同が驚きながら、小舟を下ろしてあちこちと探したけれども、それらしい手がかりすらなかった。哀れ源蔵は今年十九歳の秋の草のような儚い露の命で、海底の藻屑と消えて失せてしまった。さてどうしようもなく帆を上げて船を整え、後に白波の悲しい別れに、皆々が袖を絞った。それから南部の才浦というところに着き、十日余りも滞在して、源蔵の代わりの人を探し出し、貞五郎という者を雇い入れ、それから松前の内の箱館というところに着いた。ここは良い港なので、 【左丁】 【版心の中央部:(九十五)】 滞在して天気をしばらく待っていた。ここで船員の中に長作という若者がいて、宿の娘のおきんという者と密かに逢い、明日は出船という夜に、その娘を連れて駆け落ちした。これこそ命をつなぐ縁の綱だったとは後になって思い知らされることになった。さて一、二日は長作の行方を尋ねたけれども、全くわからない。先には源蔵があっけない最期を遂げたのに、今またこのような不幸に遭ったので、誰もが行く先の不吉な前兆ではないかと、皆がしょんぼりして船を仕立てて出発した。こうして八月二十日余り、奥州仙台岬の小淵の港に着き、問屋に宿泊して僧を請じ、源蔵の三十五日の供養を営み、かつ長作の代わりの人をも雇おうと人々に頼んで、その土地で名の知れた力持ちの男、金槌の長太という者を雇い出した。船の道具もそれぞれに修理を加え、初秋の暴風を避けようと、しばらくここで天気をうかがっていた。こうして日数が過ぎるうちに、空の気色も良くなったので、明日は必ず出帆しようと、その支度を整えて、夜の明けるのを待っていた。

英語訳

【Right Page】 【Page center: (94)】 toward the northern road. Thus on July 20th they finished loading the timber and departed from a place called Kotomari in Tateishi, sailing with very gentle favorable winds, but when they had rowed about fourteen or fifteen ri offshore from the port, somehow the cook Genzō was struck by the sail and fell from the ship into the swirling waves. At this the entire ship fell into commotion, immediately lowering the sails and dropping anchor, throwing in straw mats and extending water poles, calling "Swim! Swim!" but there was no sign of him surfacing. So everyone was alarmed and lowered a small boat to search here and there, but there was not even a trace to be found. Alas, poor Genzō, nineteen years old this year like autumn grass, his dew-like life vanished like seaweed debris at the ocean floor. Having no choice, they raised the sails and prepared the ship, and in the sorrowful parting with the white waves behind them, everyone wrung their sleeves in grief. From there they arrived at a place called Sainoura in Nanbu domain, stayed for more than ten days, found a replacement for Genzō, hired a man named Sadagorō, and then arrived at a place called Hakodate in Matsumae territory. Since this was a good port, 【Left Page】 【Page center: (95)】 they stayed there waiting for favorable weather for a while. Here among the sailors was a young man named Chōsaku who secretly met with Okin, a daughter of their lodging house, and on the night before their scheduled departure, he eloped with that girl. This would later prove to be the lifeline that saved lives, as they would come to realize. For one or two days they searched for Chōsaku's whereabouts, but could not find him at all. First Genzō had met his tragic end, and now they encountered this misfortune, so everyone felt dejected, wondering if this was an ominous sign for their journey ahead, and departed with heavy hearts. Thus around August 20th, they arrived at the port of Kobuchi at Sendai Cape in Ōshū, stayed at a trading house, invited a monk, held memorial services for Genzō's thirty-fifth day after death, and also asked people to help find a replacement for Chōsaku. They hired a man known in that region as a strong man called Kanazuchi Chōta. They also made various repairs to the ship's equipment, and to avoid early autumn storms, they stayed there for a while observing the weather. As the days passed and the sky's appearance became favorable, they prepared to definitely set sail the next day and waited for dawn to break.