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コレクション: 漂流記コレクション

日本漂流譚 - 翻刻

日本漂流譚 - ページ 83

ページ: 83

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【右丁】 【版心の中央部:(百四十八)】 親(おや)ありと兼(かね)て主人(しゆじん)には語(かた)り置(おき)たれば、今 父母(ふぼ)に逢(あ)ひたき由(よし)を逑(の)【述ヵ】べて暇(いとま) を乞(こ)ひなば、よもや叶(かな)はぬとはいはれまじ。と、思(おも)ひ、先(ま)づ主人(しゆじん)の母親(むしん)に 逢(あ)ひて語(かた)りけるは、やつがれ《振り仮名:数年|すぬ【ねヵ】ん》の間(あひだ)深(ふか)き御憐(おんあはれ)みに預(あづか)り、山海(さんかい)の御恩(ごおん)の ほど誠(まこと)に誠(まこと)に報(ほう)じがたし、しかれども国元(くにもと)に両親(ふたおや)有(あ)りて、我(わが)行末(ゆくすゑ)のいか が成果(なりはて)しやらんと、明暮(あけくれ)なげきに沈(しづ)みて、ケ様(やう)に《振り仮名:年来|ぬ【ねヵ】んらい》御憐愍(ごれんびん)に預(あづか)り候 事(こと) は夢(ゆめ)にも存(ぞん)じ候まじ、兎(と)や角(かく)と月日(つきひ)のおし移(うつ)る内(うち)に、いつしか無常(むじやう)の風(かぜ) にさそはれて帰(かへ)らぬ旅路(たびぢ)に赴(おもむ)くこともや候はんと思(おも)へば、存命(ぞんめい)の内(うち)に 一度(いちど)日(ひ)の本(もと)の地(ち)に渡(わた)り、二親(ふたおや)の恙(つヾが)なき顔(かほ)を見(み)まゐらせばやと思(おも)ふなり、 哀(あは)れ此(こ)の上(うへ)の御恵(おんめぐ)みには、此(こ)の身(み)に暫(しば)しの暇(いとま)を賜(たま)はれかし。と涙(なんだ)を流(なが)し て《振り仮名:語|かて【たヵ】》りければ、老母(らうぼ)も共(とも)に涙(なみだ)ぐみ、尤(もツとも)の事と感(かん)じたる様(さま)なりしが、やゝあ りて、此事(このこと)を主人(しゆじん)に語(かた)りければ、主人(しゆじん)孫七(まごしち)を招(まね)ぎ、汝(なんぢ)日本(にほん)に帰(かへ)りたく思(おも)ふ や。と問(と)ふ。孫七 答(こた)へけるは、さん候、年来(ねんらい)厚(あつ)き御情(おんなさけ)の下(もと)に使(つか)はれ候へ 【左丁】 【版心の中央部:(百四十九)】 ば、少(すこ)しも艱難(かんなん)なる事(こと)は候はねども、故郷(こきやう)に双親(さうしん)ありて、やつがれ一人(ひとり)の子(こ) をたのみにしたりしに、図(はか)らず漂流(へうりう)の客(かく)となりてより、既(すで)に数年(すねん)になり 候ひぬ、如何(いか)に明暮(あけくれ)悲(かな)しみ暮(くら)し候はんと思(おも)へば、いとヾ恋(こひ)しさ堪(た)へ難(がた)く 候、されば一生(いツしやう)の思(おも)ひ出(で)に、今 一度(いちど)父母(ふぼ)に逢(あ)ひ、斯(かヽ)る目出度(めでたき)国(くに)に罷(まか)りて、厚 き御情(おんなさけ)に与(あづか)りたることを告(つ)げ知(し)らせ、然(しか)して後(のち)また〳〵参(まゐ)りて奉公(ほうこう)仕(つかまつ) らん。といひければ、主人(しゆじん)うちうなづき、然(しから)ば望(のぞ)みに任(まか)せて暇(いとま)とらせん なれども、汝(なんぢ)は日本(にほん)を近(ちか)き国(くに)ぞと思(おも)ふや、是(これ)より日本(にほん)は数千里(すせんり)の波路(なみぢ)を 隔(へだ)てたり、帰(かへ)りては二度(ふたヽび)来(きた)ること難(かた)かるべし、初(はじ)め我(われ)汝(なんぢ)を金銭(きんせん)三十 文(もん)[《割書:一|文》 《割書:は十匁に|当るなり》]にて買(かひ)得(え)たり。されば一生(いつしやう)止(とヾ)めて召使(めしつか)ふべきなれど、かくまで 父母(ふぼ)を慕(した)ひ悲(かな)しむ孝心(かうしん)の深(ふか)きに免(めん)じて、よき便(たよ)りもあらば望(のぞ)みのまゝ に本国(ほんごく)に帰(かへ)すべし。といひければ、孫七よろこぶこと大(おほ)かたならず、こ は有難(ありがた)き仕合(しあはせ)かな、此(この)御恩(ごおん)何(なに)として報(むく)い奉(たてまつ)るべき、たとひ死(し)しても忘(わす)れ 【四行下から三字目「母」のルビ「む」は「ぼ」ヵ「も」ヵ】 【[ ]は亀甲括弧】

現代語訳

【右丁】 【版心の中央部:(百四十八)】 両親がいると以前から主人には話しておいたので、今、父母に会いたい旨を述べて暇を乞えば、まさか叶わないとは言われないだろう、と思い、まず主人の母親に会って語ったのは、「私は数年の間、深いご慈悲をお受けし、山海のご恩のほど、誠に誠に報じがたいものです。しかしながら国元に両親がおりまして、私の行く末がいかがなったことやらと、明け暮れ嘆きに沈んで、このように年来ご慈悲をお受けしていることなど夢にも思っていないでしょう。とやかく月日が移る内に、いつか無常の風に誘われて帰らぬ旅路に向かうこともあるかもしれないと思えば、存命の内に一度日本の地に渡り、二親の無事な顔を見申し上げたいと思うのです。哀れ、このうえのお恵みとして、この身にしばしの暇をお与えください」と涙を流して語ったところ、老母も共に涙ぐみ、もっともなことと感じた様子であったが、しばらくして、この事を主人に語ったところ、主人は孫七を招き、「汝は日本に帰りたく思うか」と問うた。孫七は答えて、「さようでございます。年来厚いお情けのもとに使われておりますので 【左丁】 【版心の中央部:(百四十九)】 少しも艱難なことはございませんけれど、故郷に双親がおりまして、私一人の子を頼みにしておりましたのに、図らず漂流の客となってより、既に数年になりました。いかに明け暮れ悲しみ暮らしていることでしょうかと思えば、いよいよ恋しさが堪え難うございます。ですから一生の思い出に、今一度父母に会い、かようなめでたい国に参りまして、厚いお情けをお受けしたことを告げ知らせ、そうして後またまた参りまして奉公いたしましょう」と言ったところ、主人はうなづき、「それならば望みに任せて暇を取らせようが、汝は日本を近い国だと思うか。これより日本は数千里の波路を隔てている。帰っては二度と来ることは難しいだろう。初め我は汝を金銭三十文(一文は十匁に当たる)で買い得た。だから一生留めて召し使うべきなのだが、これほど父母を慕い悲しむ孝心の深いのに免じて、よい便りもあれば望みのままに本国に帰すであろう」と言ったところ、孫七の喜ぶことは大方ならず、「これは有り難い幸せです。このご恩をいかにして報い申し上げるべきでしょうか。たとえ死んでも忘れ

英語訳

【Right Page】 【Center of the spine: (148)】 Since he had previously told his master that he had parents, he thought that if he now expressed his desire to meet his father and mother and asked for leave, surely it would not be refused. So he first met with his master's mother and spoke to her: "I have received deep compassion for several years, and your mountain-high, ocean-deep kindness is truly, truly impossible to repay. However, I have parents in my homeland who are sinking into grief day and night, wondering what has become of my future. They surely never dream that I am receiving such compassion these many years. As the months and days pass, I fear that someday I may be led away by the wind of impermanence on a journey of no return. Therefore, while I am still alive, I wish to cross once to the land of Japan and see my parents' well faces. Please, as your ultimate mercy, grant this person a brief leave." He spoke with flowing tears, and the old mother also shed tears with him, seeming to feel this was quite reasonable. After a while, when she told this matter to her son, the master summoned Magoshichi and asked, "Do you wish to return to Japan?" Magoshichi answered: "Yes indeed. Though I have been employed under your generous kindness for many years, 【Left Page】 【Center of the spine: (149)】 there has been no hardship at all, but I have parents in my homeland who relied on me, their only child. Since unexpectedly becoming a castaway, it has already been several years. When I think how they must be spending their days and nights in sorrow, my longing becomes all the more unbearable. Therefore, as a memory for my whole life, I would like to meet my parents once more, tell them that I came to such a blessed country and received such generous kindness, and then return again to serve you." When he said this, the master nodded and replied: "Then I shall grant you leave as you wish, but do you think Japan is a nearby country? From here Japan is separated by a sea route of several thousand ri. Once you return, it will be difficult to come back again. Originally I bought you for thirty mon in gold (one mon equals ten monme). Therefore I should keep you for life as a servant, but in consideration of your deep filial piety in longing for and grieving for your parents, if there is a good opportunity I will let you return to your homeland as you wish." Magoshichi's joy was beyond measure: "What a blessed fortune this is! How shall I repay this kindness? Even if I die, I will not forget