キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

Barb.or.153.pt.A - 翻刻

Barb.or.153.pt.A - ページ 100

ページ: 100

翻刻

  事も叶ひ給はずといへども人にて御座ま   す御所はほんしよひらとがしゆごなる時   代に御じゆうの上より一さい人間の科   をゝくり給はん為にくるすにかけられ   死し給ふと申心也 弟 人にて御座ます所は何と様に死し給ふぞ 師 ☩ぢびにだあでの御所は御あにまにも   御色体にもはなれ給はず人となり給ふ御   所のあにまは御色身にはなれ死した   まひ御くはんにおさめられ給ふと申儀也 弟 でうすひいりよ人になり給ひ人間の科に   対せられてくるすに死し給ふ事は何の故   ぞや此科を赦給ふべき別の道なかりしや 師 様々あるへし然と云へ共此くるすの道はあ

現代語訳

ことも叶い給わずといえども、人にて御座います御所は、ポンシオ・ピラトが執政なる時代に、御自由の上より一切人間の罪を贖い給わんために、クルス(十字架)にかけられ死し給うと申す心です。 弟子:人にて御座います所は何と様に死し給うのでしょうか。 師:十字架上のディビニダーデ(神性)の御所は、御アニマ(霊魂)にも御色体(肉体)にも離れ給わず、人となり給う御所のアニマは御色身に離れ死したまい、御棺に納められ給うと申す儀です。 弟子:デウス・フィーリオ(神の子)が人になり給い、人間の罪に対せられてクルスに死し給うことは何の故でしょうか。この罪を赦し給うべき別の道はなかったのでしょうか。 師:様々あるでしょう。然れども、このクルスの道は(最も)

英語訳

is not possible, but in His human nature, during the time when Pontius Pilate was governor, He freely chose to be crucified and die in order to redeem all human sins. Disciple: In what manner did He die in His human nature? Master: The Divinidade (divinity) on the cross never separated from either His Anima (soul) or His body. The Anima of His human nature separated from His body and died, and He was placed in the tomb - this is what we mean. Disciple: Why did Deus Filho (God the Son) become human and die on the cross for human sins? Was there no other way to forgive these sins? Master: There could have been various ways. However, this way of the cross was (the most...)