キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

Barb.or.153.pt.A - 翻刻

Barb.or.153.pt.A - ページ 43

ページ: 43

翻刻

弟 何の故にか御あるじぜずきりしとの   御教へをひいですにうけことばを以てあ   らはす人とはいはれけるぞ 師 諸のきりしたん御主☩ぜずきりし   との貴き御事を心中にひいですにうけ   ずしてかなはぬのみならず死すると云と   もことばにも身持にもあらはすへきとの   かくごある事専也 弟 きりしたんと云は何をかたどりたる名   ぞや 師 ☩きりしとをかたどり奉也 弟 きりしとゝはいかなる御あるじにてま   しますぞ 師 実のでうす実の人にて御座ます也

現代語訳

弟子:なぜ御主イエス・キリストの御教えを信仰によって受け、言葉をもって表す人と言われるのでしょうか。 師:すべてのキリシタンは、御主☩イエス・キリストの尊い御事を心中に信仰によって受けずしては叶わないのみならず、死ぬと言っても言葉にも身持ち(行い)にも表すべきとの覚悟があることが肝要です。 弟子:キリシタンという名は何を模したる名でしょうか。 師:☩キリストを模し奉る名です。 弟子:キリストとはいかなる御主でいらっしゃいますか。 師:真のデウス、真の人でいらっしゃいます。