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【右丁】
元来(くわんらい)蔵府(さうふ)より発(をこる)所(ところ)の酒悖(しゆぼつ)と云(いふ)病(やまひ)なれは敢(あへ)て罪(つみ)すへ
き子とにあらずされは漢(かん)の丞相(せうしやう)丙吉(へいきつ)と云(いひ)し人(ひと)其(その)従者(じうしや)
の酒(さけ)に醉(ゑひ)て其(その)車(くるま)の上(うへ)に吐逆(ときやく)を為(なし)けれは丞相(せうしやう)の下(した)の役人(やくにん)
其者(そのもの)を斥(しりぞけん)と欲(ほつす)丙吉(へいきつ)是(これ)を聞(きい)て醉(ゑひ)たるの失(しつ)を以(もつて)是(これ)を去(さら)
は此者(このもの)何(いつく)に行(ゆく)とも容(いれ)らるまじ但(たゝ)是(これ)をゆるすへし丞相(せうしやう)
の車(くるま)の茵(しとね)を汚(けかす)までの事なりとて是(これ)を罪(つみ)せざりし
とかや又 漢(かん)の張安世(ちやうあんせい)と云(いひ)し人(ひと)光禄勲(くわうろくくん)の官(くわん)たりしに
或人(あるひと)酒(さけ)に醉(ゑひ)て殿上(でんしやう)に小便(せうへん)を為(なし)けるを役人(やくにん)是(これ)を法(はふ)に
行(をこなはん)とす安世(あんせい)是を聞(きい)て何(なん)そ水(みつ)を飜(こほし)たるにあらざる
【左丁】
事を知(しら)んやといへり能(よく)人(ひと)の過(あやまち)を掩(をほふ)事かくのことくな
りしとかやされは醉時(すいし)の過(あやまち)は皆(みな)是(これ)病(やまひ)と心得(こゝろえ)ては
罪(つみ)すへきにもあらずされどさる病(やまひ)の有(あり)なから其(その)発(をこる)
へきをも顧(かへりみ)ず妄(みたり)に飲(のむ)は愆(あやまち)なるへし総(すへ)て此病(このやまひ)は
少(すこし)よろしき際(きは)の人(ひと)には有(ある)事なし只(たゝ)下賤(げせん)遊侠(ゆうきよふ)の
者(もの)常(つね)に多(おほ)しそれとても病(やまひ)の致(いたす)所(ところ)なれは妄(みたり)に罪(つみ)すへ
からざる事 丙吉(へいきつ)のことくなるへし然(しか)れども亦(また)実(じつ)にはさに
あらずとも佯(いつはり)醉(ゑふ)て酒悖病(しゆぼつひやう)のまねをして狼藉(らうぜき)なる
事も有(ある)へきなれはさる者(もの)は能(よく)見知(みしり)て罪(つみ)をもすへき
現代語訳
【右丁】
元来、臓府より発する所の酒悖という病であるから、あえて罪するべきことではない。それゆえ漢の丞相丙吉という人は、その従者が酒に酔ってその車の上に吐いたので、丞相の下の役人がその者を退けようと欲した。丙吉はこれを聞いて「酔ったことの失敗をもってこれを去らせれば、この者はどこに行っても受け入れられないであろう。ただこれを許すべきである。丞相の車の敷物を汚すまでのことである」として、これを罪しなかった。また漢の張安世という人が光禄勲の官職にあった時、ある人が酒に酔って殿上で小便をしたのを、役人が法に従って処罰しようとした。安世はこれを聞いて「どうして水をこぼしたのではない
【左丁】
ことを知らないのか」と言った。よく人の過ちを隠すことはこのようなものであったという。それゆえ酔った時の過ちは皆これを病と心得れば、罪するべきものでもない。しかしながらそのような病があるにもかかわらず、その発症することも顧みずに妄りに飲むのは過ちであろう。総じてこの病は少しばかりまともな身分の人にはないことである。ただ下賤な遊侠の者に常に多い。それでも病の致すところであるから、妄りに罪するべからざること、丙吉のごとくあるべきである。しかしながらまた実際にはそうでなくとも、偽って酔って酒悖病の真似をして乱暴なことをすることもあるであろうから、そのような者はよく見分けて罪をも科すべきである。