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酒説養生論 7巻 - 翻刻

酒説養生論 7巻 - ページ 26

ページ: 26

翻刻

【右丁】 あり是はいかにと云(いふ)に是 皆(みな)其 性質(むまれつき)に因(よる)にあらず 只(たゝ)習(ならふ)に因(よる)なり所謂(いはゆる)習性(ならひせい)と為(なる)なり剛実(かうしつ)の人(ひと)も 或(あるひ)は故(ゆへ)ありて少年(せうねん)の時(とき)より酒(さけ)に習(ならは)ざれは終身(しうしん) 飲(のむ)事を得(え)ず虚弱(きよしやく)の人(ひと)も幼少(ようせう)の時(とき)より酒(さけ)に習(ならへ)は 能(よく)飲(のむ)事を得(う)るなり其 甚(はなはた)惜(おしむ)へしとするものは 能(よく)飲(のむ)人(ひと)は皆(みな)是(これ)元来(くわんらい)剛実(かうしつ)の人(ひと)なれは酒(さけ)だにも 過度(くはと)する事なき時(とき)は必(かならす)無病(むひやう)にして苦(くるし)む所(ところ)なく 優(ゆたか)に寿域(しゆいき)に躋(のほる)へし偶(たま〳〵)剛実(かうしつ)の人(ひと)の飲(のま)ざるを見(みる) に視聴(みきゝ)言動(ものいひはたらき)よりして四肢(しし)百骸(ひやくがい)に至(いたる)まで皆(みな)尽(こと〳〵)く 【左丁】 康健(かうけん)にして寿考(しゆかう)長命(ちやうめい)に至(いたる)なりいかに目出度(めてたき)事 にあらずや然(しか)るに彼(かの)能(よく)飲(のむ)人(ひと)は元来(くわんらい)剛実(かうじつ)なる ゆへに当時(たうし)には傷(やふる)る所を見(み)ず故(かるかゆへ)に常(つね)に飲(のみ)て止(やむ)事 なし縦(たとひ)剛実(かうしつ)なりとても人(ひと)豈(あに)金石(きんせき)のことくなる へきや泰山(たいさん)の霤(したゝり)は石(いし)を穿(うかち)単極(たんきよく)【殫極 注】の綆(つるへなは)は幹(ゐげた)を断(きる)一朝一夕(いつてういつせき) のゆへにあらされは終(つゐ)には大患(たいくわん)を為(なし)て中道(ちうたう)にして 夭折(ようせつ)し天年(てんねん)を終(をゆ)る事を得(え)す元来(くわんらい)天生(てんせい)の虚弱(きよじやく) なるはすへきやうなしそれだに保養(ほうやう)も宜(よろし)きを 得(う)る時(とき)は長寿(ちやうしゆ)を保(たもつ)なり幸(さいはひ)に天生(てんせい)の剛実(かうしつ)を得(え)て 【注 前漢の文人、枚乗(バイジョウ)が呉王に挙兵を諫めた書「上書諫呉王」の中の一文。「泰山之霤穿石、殫極之䋁斷幹」 ちなみに綆は䋁に同じ。】

現代語訳

【右丁】 これらの例があるのは、どうしてかというと、これは皆その生まれつきの性質によるのではなく、ただ習慣によるものである。いわゆる「習性」となるのである。剛実の人でも、あるいは理由があって少年の時から酒に慣れ親しまなければ、終身飲むことができない。虚弱の人でも幼少の時から酒に慣れ親しめば、よく飲むことができるようになる。その甚だ惜しむべきこととは何かというと、よく飲める人は皆これ元来剛実の人であるから、酒さえも過度にすることがない時は、必ず無病にして苦しむところがなく、豊かに長寿の域に達することができるはずである。たまたま剛実の人が飲まないのを見ると、視聴や言動から四肢百体に至るまで、皆ことごとく 【左丁】 健康にして長寿に至るのである。なんと目出度いことではないか。然るに、あのよく飲む人は元来剛実であるゆえに、当時には害されるところを見ないため、常に飲んでやめることがない。たとえ剛実であっても、人はどうして金石のようになれようか。泰山の雫は石に穴を開け、井戸の縄は井桁を断つ。一朝一夕のゆえではないが、ついには大患をなして中途にして早死にし、天寿を全うすることができない。元来天性の虚弱な者はどうしようもないが、それでも保養がよろしきを得る時は長寿を保つのである。幸いに天性の剛実を得て

英語訳

【Right page】 These examples exist not because they are based on one's natural constitution, but simply due to habit. This is what is called "acquired nature through practice." Even people of strong-excess constitution, if for some reason they do not become accustomed to sake from their youth, cannot drink for their entire lives. Even people of deficient-weak constitution, if they become familiar with sake from childhood, can become good drinkers. What is most regrettable is this: those who can drink well are all originally people of strong-excess constitution, so when they do not drink sake to excess, they will surely be free from disease and suffering, and can abundantly reach the realm of longevity. When we occasionally observe strong-excess people who do not drink, from their sight and hearing, speech and actions, down to their limbs and entire body, everything is completely 【Left page】 healthy and they reach longevity. How auspicious this is! However, those who drink well are originally strong-excess in constitution, so they do not see any immediate harm, and therefore constantly drink without stopping. Even if one has a strong-excess constitution, how could a person become like metal and stone? The dripping from Mount Tai pierces through stone, and the rope of a well cuts through the well-frame. Though it is not due to a single day or night, eventually it creates great suffering, causing premature death midway through life, unable to complete one's natural lifespan. Those who are originally naturally deficient-weak cannot help their condition, but even they can maintain longevity when they practice proper health preservation. Having fortunately obtained a naturally strong-excess constitution