キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [5] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [5] - ページ 17

ページ: 17

翻刻

 家之家老を召給ひ内膳殿被仰けるは味方を大  勢討せては縦城を乗取而も無益事と了簡  して仕寄を申付るといへとも諸軍勢城を打囲  み徒らと日を送らは関東之御沙汰も悪かるべし  然らは明日元日之暁に諸手一同に可攻入迚重而  禁令を施行せらる其趣に曰    條々  一明七つ時分ゟ人数を出し相図之石火矢打次   第鉄炮を打せ時之声を上け乗可申事  一人数出候時陣中騒敷無之様に堅可申付事  一大将外歩行立たる扁き事  一相印角取紙左之肩に付可申事  一相言葉さいたさいと答可申事  一自跡鉄炮為打申間敷之事  一小屋之火を士志免し小屋番堅可申付事    極月晦日       石谷十蔵               板倉内膳正  かくて有馬内記本陣へ馳来り上使之仰を忠  郷に申聞て禁令之一紙を御目に掛け連は番頭  之面々其外諸奉行諸物頭を召て明朝城を

現代語訳

諸家の家老を召し集め、内膳殿が仰せになるには「味方を大勢討ち死にさせては、たとえ城を乗り取っても無益なことだと了見して仕寄(包囲攻撃)を申し付けているとはいえ、諸軍勢が城を取り囲んでいたずらに日を送っては、関東(江戸幕府)の御沙汰も悪いであろう。それならば明日元日の暁に諸手一同に攻め入るべし」として、重ねて禁令を施行された。その趣旨は以下の通りである。 条々 一、明朝七つ時分(午前4時頃)から人数を出し、合図の石火矢(狼煙)を打ち、次第に鉄砲を撃たせ、鬨の声を上げて攻め入るべきこと 一、人数を出す時、陣中が騒がしくならないよう堅く申し付けること 一、大将以外は歩行で立つべからざること 一、相印として角取紙を左の肩に付けるべきこと 一、合言葉は「さいた」、答えは「さい」と申すべきこと 一、味方に向けて鉄砲を撃ってはならないこと 一、小屋の火は消してはならず、小屋番を堅く申し付けること   極月晦日(十二月三十一日)  石谷十蔵                  板倉内膳正 こうして有馬内記が本陣へ駆け来たり、上使の仰せを忠郷に申し聞かせて、禁令の一紙を御目にかけた。連絡を受けて番頭の面々その外諸奉行・諸物頭を召して、明朝城を