琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

中山伝信録 巻三 - 翻刻

中山伝信録 巻三 - ページ 28

ページ: 28

翻刻

  《割書:臣》按中山世鑑云王在位五年寿五十四正統九   年薨而実録十年十一年尚書王貢紀年参差有   悞  尚思達 明正統十年乙丑尚思達嗣位  尚思達尚忠子永楽六年戌子生三十八歳嗣位正  統十二年遣長史梁求入貢以其父尚忠訃告請襲  爵三月英宗遣給事中陳傅行人万祥諭祭故王尚  忠封世子思達嗣王勅曰爾比遣長使梁求等奏爾  父王尚忠亡歿良深悼念特封爾為琉球国中山王  継承爾父主理国事爾宜篤紹先志敬守臣節恪修  職貢簡任賢良善撫国人和睦隣境以保国土仍以  皮弁冠服常服及織金紵糸羅緞等物賜王復詔諭  其国臣庶尽心輔翼各循理分母或僭踰俾凡国人  同楽雍熙副朕一視同仁之意王遣通事蔡譲等貢  馬及方物宴賚如例 十三年王遣使入貢 十四  年王遣使梁同等貢馬及方物時福建尤渓沙県方  有寇警所司請緩期三月始達巳又遣使馬権度等

現代語訳

【割書:臣】按ずるに『中山世鑑』に云う、王は在位五年、寿五十四、正統九年に薨じたとあるが、『実録』では十年・十一年にも尚お王の貢を書いており、紀年に参差があり誤りがある。 尚思達 明正統十年乙丑、尚思達が嗣位した。 尚思達は尚忠の子で、永楽六年戊子に生まれ、三十八歳で嗣位した。正統十二年、長史梁求を遣わして入貢させ、その父尚忠の訃告を以てし、襲爵を請うた。三月、英宗は給事中陳傅、行人万祥を遣わして故王尚忠を諭祭し、世子思達を封じて王を嗣がせた。勅して曰く「爾は比ごろ長使梁求等を遣わして爾の父王尚忠の亡歿を奏し、良に深く悼念す。特に爾を封じて琉球国中山王と為し、爾の父を継承して国事を主理せしむ。爾は宜しく篤く先志を紹ぎ、敬んで臣節を守り、恪んで職貢を修め、賢良を簡任し、善く国人を撫で、隣境と和睦し、以て国土を保て。仍って皮弁冠服、常服及び織金紵糸羅緞等の物を以て王に賜る。復た詔して其の国の臣庶に諭し、心を尽くして輔翼し、各々理分に循い、或いは僭踰することなく、凡そ国人をして同じく雍熙を楽しませ、朕の一視同仁の意に副え」と。王は通事蔡譲等を遣わして馬及び方物を貢し、例の如く宴賚した。 十三年、王は使を遣わして入貢した。 十四年、王は使梁同等を遣わして馬及び方物を貢した。時に福建の尤渓・沙県に方に寇警があり、所司は期を緩めることを請い、三月にして始めて達した。已にして又使馬権度等を遣わした。