翻刻
毛利か家にしたしかりけれハその世つきの事をはかる孝高
はからひて殿下に申して御養君して家つかせ
たらんにハ家のためも国のためもよかんぬと覚ゆといふ
親正も此事尤しかるへしとてまつ左衛門督隆景の
許に来て此よしをつく隆景聞てその事もしなりなん
にハ我等か家の幸にこそあんなれとはかりこたへて生駒
か帰るを待かねていそき施薬院の許に内記むかいひて
隆景殿下の御君によつて筑前の国を領するのみ
にあらす筑後肥前の中にして 二郡□の地を下し
たまふ我齢すてにかたふきぬ此恩に 報し奉らん
日なし秀秋に国ゆつり 参らせ隆景ハ山陽のうちに
して老養ふへきほとの地給て 籠り居てさふら
ハんにハ何事の幸かこれにすくへき此よしをもつて
内々 御気色をうかゝひて 給るへしとそいひてける
関白此よしを 聞召悦ひ給ふ事なゝめならす隆景か
こふによつて そのよつきと こそなされけれ其後
隆景かはからひにて これも又故陸奥守元就か孫
なりける秀元して輝元かよつきとなす《割書:輝元秀元ハ|従兄弟也》
《割書:くハしき事ハ毛利か伝と|あはせ 見るへし》隆景かかくはかりしハ輝元か家ハ
嫡流にて おのか家ハ 庶子なれハ嫡流の/難(種)姓たえなん