伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(十二・上) - 翻刻

藩翰譜(十二・上) - ページ 13

ページ: 13

翻刻

なるへからすこの後はかゝる御ふrふるまひしかるへからさる旨を仰下 さるへ□もや候と申けれは太閤けにもと思召御帰気色 にて秀秋の功を賞し給はす 秀秋太閤の仰かう ふりて城を築く事九ヶ所軍勢をこめおきて同き 十一月十七日釜山港に 船をうかめ四月四日大坂につき 明れは五日伏見の城に参候間秀秋にしたかふ所の七人 の軍奉行并に加藤左馬助嘉明おなしく参る伏見に あかあふ大名こと〳〵く参りつとひ秀秋の凱陣を賀し 申さる太閤やかて御出ありて御対面終てのち太田 飛騨守一吉秀秋の軍し給ひしやう一々に陣て感し 申す太閤いや〳〵大将軍のみつから諸軍と功を争ひかろ 〳〵しき軍せん事しかるへからす 我秀秋をさしむけし 事かへす〳〵も後悔におもひきと仰らる秀秋聞□ あへすよのつねの御使ならんには幼弱の身なと 辞し申まてはあるへき追討の御使なればこそ 仰をは承れしかるに今人々聞たまふ所にて御後 悔の旨を承るこそ口惜しけれ秀秋府不覚の事あらん には軍奉行の人々たゝ今御前にてまつすくに申し すみやかに秀秋首をめされて 御憤を散せられん やうにはからふへしとおし返し〳〵申されしかは