伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(十二・上) - 翻刻

藩翰譜(十二・上) - ページ 27

ページ: 27

翻刻

これはひとへに織田《割書:右|楽》大野木村渡辺等かはからひに こそあるへけれ抑正則もとより 故太閤のゆかりに つきて秀頼にもしたしく又家康か父子にもう/せ(と) からすされは正則が身にとつてはいつれの方にくみ せんにも思ひわかまし正則たとへ我父子にくみしぬ とも みかたのうたかひなとなからさらんたゝすへから くは正則は関東にとゝまつて息男備後守に 軍勢つけてまいらすへきものかと 仰下さる向き月 十一日大御所《場所:駿河》の国府をたゝせたまひ同き十三日 中泉に至らせ給ふ時正則か使者竹中か書を帯して 馳参る重利正則か旨を陣ていはく仰つ□みて承りぬ そも〳〵此度の《場所:大坂》兵起りし事不思儀といひつ へししされは仰下さるゝことく 秀頼の母子 かゝる事 おほしめしたち給ふへしともおもわれす近習の輩 かはからひによつし事難ふところあるへからすていれは 彼御母子を陣参らせんかために二人の使者をたてゝ 消息を通し候ひぬと申す 本多上野介正純正則か 《場所:大坂》に参らする文とつて見るに今度大仏/條(本ノマヽ)造の 事につきて両御所うらみ給ふへき御結構これ たゝ事とも覚えす ひとへに御家運のかたふかせ