翻刻
これはひとへに織田《割書:右|楽》大野木村渡辺等かはからひに
こそあるへけれ抑正則もとより 故太閤のゆかりに
つきて秀頼にもしたしく又家康か父子にもう/せ(と)
からすされは正則が身にとつてはいつれの方にくみ
せんにも思ひわかまし正則たとへ我父子にくみしぬ
とも みかたのうたかひなとなからさらんたゝすへから
くは正則は関東にとゝまつて息男備後守に
軍勢つけてまいらすへきものかと 仰下さる向き月
十一日大御所《場所:駿河》の国府をたゝせたまひ同き十三日
中泉に至らせ給ふ時正則か使者竹中か書を帯して
馳参る重利正則か旨を陣ていはく仰つ□みて承りぬ
そも〳〵此度の《場所:大坂》兵起りし事不思儀といひつ
へししされは仰下さるゝことく 秀頼の母子 かゝる事
おほしめしたち給ふへしともおもわれす近習の輩
かはからひによつし事難ふところあるへからすていれは
彼御母子を陣参らせんかために二人の使者をたてゝ
消息を通し候ひぬと申す 本多上野介正純正則か
《場所:大坂》に参らする文とつて見るに今度大仏/條(本ノマヽ)造の
事につきて両御所うらみ給ふへき御結構これ
たゝ事とも覚えす ひとへに御家運のかたふかせ