伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(十二・上) - 翻刻

藩翰譜(十二・上) - ページ 9

ページ: 9

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春家の老蒲生四郎兵衛故宰相の双而き脇近の侍亘理 八左衛門といふものをうちぬ宗徒の家人等此事をうつたへしかハ 四郎兵衛ハ肥後国に流されて加藤主計頭清正に預けらる 《割書:石田したしかりしによつて四郎兵衛|死刑をまぬかれしなり》此秀行の母うへハ小納戸故右大臣信長公 の姫君にてたくひなき美人の聞へまし〳〵けれハ近曽 殿下に参らせ給ふへきよし忍ひ〳〵の御消息度かさなりし □にうき事に思ひこめ給ひてみつかさりをなして尼になり給ひ しを太閤やすからぬ事におほしめすかゝる所に蒲生亘理 か獄起りけれハそも〳〵会津の地ハ陸奥出羽の鎮守として 大事の所にてあんなるに秀行かとしいまた若くて家の事 多になを治めえぬに 両国を守護せん事叶ふへからす成人の 程ハ他の境に移るへきもの也とて 所領集奪取て下野国《場所:宇津宮》 の城に移さる 《割書:十二万○此人徳川殿の聟君なれハ/岩(石)かはからひ|にてかく事につけて 所領減せられしとも申也》 同き六年東西の軍 起りし時《場所:宇津宮》の城を守て奥の 先陣にそ 候ひける 明れハ六年の八月上杉中納言景勝《場所:米沢》 の城に移さる九月廿七日 会津の城をハ秀行朝臣に給 ひぬ《割書:六十|万石》十七年五月十四日三十歳にして世をはやふし 給ひたり嫡子亀千代丸十歳にして家をつき元服して 下野守になされ忠郷与申し二男亀松丸中務大輔に なふて忠知と申す兄弟共に 大御所の御外孫にてわた