翻刻
【右丁】
年三十一にして父思紹に嗣て佐鋪の按司となり賞罰
違わず民の饑を視ること己が饑るが如く民の寒己が寒
が如くす茲に於て南方の諸侯之に帰する者甚だ多し
時に山南王勝を恃んで驕り欲を人に窮む諸侯皆遁れ
て佐鋪の按司に帰服し兵を合して山南王を攻落し遂
に兵を浦添に進めて中山王を攻落す山北王皆次第に
降る元延祐中国分れて三となること百有餘年中山山北
交攻ること七十餘戦山北輙勝今戦敗れて自殺す中山王
天に順して御坐し琉球国又合して一統す
永楽二十一年秋使を遣し奏を奉る《割書:曰。我 ̄カ琉-球-国分 ̄レテ為_レ 三 ̄ト|者百-有-餘-年戦無_二止 ̄ム》
【左丁】
《割書:時_一。臣-民塗炭。臣巴-志不_レ堪_二悪歎 ̄ニ_一。為 ̄ニ_レ此 ̄レカ発_レ兵 ̄ヲ。山-南山-北今帰 ̄ス_二太-|平 ̄ニ_一。伏 ̄シテ-願陛-下-聖-鑑。不_レ違_二旧-規 ̄ニ_一給_二臣 ̄ニ襲-封 ̄ヲ_一。謹 ̄テ貢 ̄ス_二土-産馬及 ̄ヒ方-物 ̄ヲ_一》
明主之に詔諭を賜ふ《割書:其詔 ̄ニ曰爾【送り仮名:テヵチヵ】琉-球国-分 ̄レ人-民塗-炭 ̄スルコト百-有-|餘-年比 ̄コロ爾 ̄カ義-兵復致 ̄ス_二太-平 ̄ヲ_一。是朕 ̄カ素-意。》
《割書:自_レ今以-後慎 ̄ムコト_レ終 ̄ヲ如_レ始 ̄ノ。永 ̄ク綏 ̄ンシ_二海-|邦 ̄ヲ_一。子-孫保 ̄セヨ_レ之 ̄ヲ。欽 ̄メヤ-哉故-諭 ̄ス。》
洪煕元年仁宗中官柴山を遣はし世子尚巴志を封して
中山王に嗣しむ 宣宗宣徳元年王謝恩使を遣はし附
奏す臣祖父封爵皮弁冠服を賜はる洪煕元年臣詔を奉
して爵を襲く而して冠服未た頒賜を蒙らず宣宗命し
て定制を稽へ製して賜ふ是より先仁宗遣封し已に冠
帯を賜ふ而るに王復以て請ことをなす故に特に及弁冠
服を賜ふ王使鄭義才をして長陵に進香す義才言海風