翻刻
【右丁】
にして又入貢す《割書:巡按福建監察御史成規疏言琉球使臣|倶於福建停憩通事林恵鄭長所帯番稍》
《割書:人従二百餘人除日給廩米外其茶塩醯醬等物勒折銅銭
按数取足稍緩輙肆詈■漸不可長事礼部以為於例止日
給廩米一切費宜悉罷之其通事人員不行禁戢
請治罪英宗以遠人姑示優容令移文戒諭之》
後花園帝の永享十一年《割書:明英宗正統|四年巳未》琉球国王尚巴志貢使
を 本朝に奉る《割書:按るに正統元年英宗貢使伍是堅に勅|を齎して日本国王源義に諭さしむと》
《割書:あれは此招諭を齎来りしならん義満薨し|て後明国へ遣使の事を停られし故なり》是琉球国通
信の始なるへし公私雑翰に此時の返簡を載す其文左
の如し
文くわしく見申候しん上の物たしかに
うけとり候ぬめてたく候
【左丁】
永享十一年 御印判《割書:義教公ノ御印ナルヘシ》
りうきう国のよのぬしへ
白石の事略を見るに尚金福の時 後花園院宝徳三年
七月琉球人来りて義政将軍に物を献すこれよりして
其国人兵庫の浦に来りて交易すといふ然らは彼国の
使本朝に来ることは尚金福が時を以て始とすべきかと
云然れとも公私雑翰に因れば其来る事十三年以前に
あり 中山世鑑 ̄ニ云。賜_二尚姓_一。自_レ茲始 ̄ル。自_レ是定_レ例 ̄ヲ。二-年 ̄ニ一-貢 ̄ス。
是より以前三王共に朝貢の歳額もなく其外元旦万寿
聖節等の賀使を奉る明朝の費用貢舩を賜ひ或は来使