琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

琉球沿革志 下 - 翻刻

琉球沿革志 下 - ページ 78

ページ: 78

翻刻

【右丁】 京都公方鹿苑院義満の時明朝へ通問し旧好を修せられ しに義持の時聘問の事を停めらる《割書:事は唐山通好|沿革志に記す》是に於 て明宜宗宜徳七年外国の朝貢独日本至らざるにより内 官柴山に命し勅を齎■【はヵしヵ】琉球に至り王尚巴志をして人を 遣はして之を諭さしめらる時に 本朝後花園帝永享四 年壬子将軍義教の時に当此時初て琉球来朝して明の勅 諭を呈し聘問の事を啓ひて是より摂州兵庫浦へ入津し て交易をなす《割書:事略宝徳三年義政将軍の時より|交易す尚金福の時の事とす》親基日記 に云六月廾八日琉球人参洛《割書:当御代六|箇度目》號_二長吏_一於御寝殿 ̄ノ庭 前三人懸御目《割書:三拝|申》庭鋪席と《割書:是を以て考れは京都の時共|使臣拝謁の式 当代挍ふれ》 【左丁】 《割書:ハ其礼甚|軽忽なり》又公私雑翰に義教将軍より琉球王へ賜はる永 享十一年の交簡あり《割書:永享十一年は明英宗正統四年己未|則尚巴志斃せし歳に当れは尚金福》 《割書:の時宝徳三年に始て|来朝すといへるは非也》此等に因て考れは琉球国 吾朝へ 入朝すること 後花園帝の永享年間を初めとす其後足利 氏衰微して中国擾乱の際に当て其国の貢船薩州に入て 交易をなし其船を綾船と號し年々怠ることなかりしに尚 寧王の時に当て通好を絶しにより島津義久之を征伐し 王王子を生獲して江府に献せしに舅氏の礼を以て其王 を還さる是より薩州に隷して旧の如く年々琉薩の往来 絶へず慶安三年 厳有君嗣業の慶賀使を奉り承応二年