翻刻
【右丁】
まいらせ此よしを申す三好中納言秀次卿を大将軍として
あまたの軍勢をさしむけらる徳川殿もむかわせたまふ
ほとに井伊兵部少輔直政先陣をうつて馳下る蒲生飛騨守
氏郷は去年奥十二郡を給て当国の鎮守を奉りしかは諸軍
にさきたつてはせ向ひ姉帯《割書:一書に|穴由井》祢曾利《割書:一書に|根由利》ふたつの城を
おとし九戸かこもつたる福岡《割書:一書に|糠部》の城にをしよす関白殿
の御勢徳川殿の先陣を始とし南部津軽松前の軍勢
馳加り入かへ〳〵攻しほとに同き九月城終に攻やふられ
九戸櫛引降人に成て出つ秀次の御陣三■【廻ヵ】りに参ら
せて一々に首をそ刎たりける朝鮮の事おこりて
【左丁】
のち軍勢の催促にしたかひ信直筑紫に馳参る年
五十四年にて慶長四年十月四日に卒しける信濃守
利直父につき《割書:十万|石》いくほとなくて慶長五年の夏徳川殿
会津の中納言景勝を御退治あるへきにて南部津軽
秋田山北の人々は出羽守義光にしたかつて軍すへき由
仰下さる信濃守利直軍勢をひきゐ最上の郡にはせ
あつまるかゝる所に石田三成か催促にて上方軍をこり
徳川殿既にうたれ給ふと聞えしかは此程馳集たる奥方
の軍勢義光にいとまをも乞す我も〳〵と逃帰る利直
かくては国中の事おほつかなしとてこれもおなしく