翻刻
【右丁】
一生の間素食して女にちかつく事なかりしかはよつきと
すへき子なし《割書:其家譜ならひに宇佐美定祐か説をあんするに|輝虎の母いやしかりしかは父為景に逐はれて八》
《割書:才の時より会津新兵衛といふ郎等と共に橡(クス)【ママ】原といふ所にかくれ|居し事九年を経て十四才のとき父の為景か 主君上杉顕定を》
《割書:うしなひをのか子六郎を上杉のよつきにせし事をいきとをり上杉|譜代の士と心を通しいかにもして 上杉の家を おこさはやと》
《割書:おもひしにほとなく父うたれて天文三年兄の六郎 あねむこの政|景して輝虎をせめ 輝虎政景と 戦てかつ事を得てつゐに》
《割書:府内の城をせめをとし兄の六郎をうちてのち兄をころして|国を得はこれ嫡をうはふにこそあれ我国に望なしとて出家し》
《割書:宗心と号して高野山におもむかんとす家人等とかくいさめとめ|けれはさらは兄ころしてそのよつきたちし上はわれもよつきたつへしと》
《割書:かたくちかひ又兄ころしたるつみを懺悔して肉と色とを 絶一生|持戒し得て謙信とあらたむと云々 又ある説に 父為景うたれ兄》
《割書:六郎か家たもつ器にあらすとて家人等か 景虎を主とせしかは|兄しりそけて弟か家をつき 我子孫につたへは兄の家うはふ也とて》
《割書:一生女にちかつかすともいふ也されとも夏目定房【祐の誤ヵ】か記を按するに|六郎といふは謙信の弟也あねむこの政景か 謙信をほろほし六郎を》
【左丁】
《割書:主にせんとはかりしに 永禄八年政景野尻の 湖水に 溺れ死す|そのゝち六郎をは別の科をおほせて籠居させられし か その明る》
《割書:としに病死せしよししるせり 按するに 一ツには六郎は兄にて天文|三年に府内の城にてせめころされしといひ一ツには六郎は弟にて永禄》
《割書:九年に病死せりといふかれこれ大に異なりその中にも夏目かしる|すところ事の始終くはしく見へたれは宇佐美か説おほつかなし》
《割書:兄ころしてそのまゝ出家せしといふはいかゝあるへき輝虎はしめ|弾正大弼に任し従四位下に叙し天文廿年管領に補せら》
《割書:れしのち入道し謙信と号し権大僧都の位に任せし也又肉と色|とをたちし事は夏目か記に謙信つねに持戒して灌頂を行ふ》
《割書:事およそ四ヶ度あるひは護摩を修し或は参禅して肉と色とを断し|しかは子なしとしるし嫡をうはふうたかひをさけてかくありしとは》
《割書:見えすおもふに弓矢の冥助をいのりてかゝる 外法おこなひしこと|むかし人にはおほくありし俗なり謙信の遺言して葬れしありさま》
《割書:又今日上杉の家にて謙信の像につかふる儀軌をきくに罪障懺悔|のために持戒せしとも見へすあまりに弓矢の冥助をふかく》
《割書:おもひいれてかゝる行法せしと見えたりしかれは兄ころせしかゆへ|かくといはれしことは不幸といふへき也○又謙信の卒せし事も》
《割書:柿崎和泉守か怨霊にころされしとも また 織田信長のはかりこと|にして人をして厠にゆきしところを鎗にてつきころせしなと》