翻刻
【右丁】
ゆるさる《割書:夏目か記に田原記等をあはせ見て謙信参内したりしに|叡かんことにあさからす 長光の御太刀に黄金の香炉に》
《割書:薫物いれて下し給ふ又将軍家へ参りし所にまつ謙信か座を当時の|執権三好左京大夫義継か上にもうけらる 錦の直垂に 朱の再拝そ》
《割書:えて給管領の職ゆるされ又塗輿をゆるされ諱字下し給ふ謙信諱字|の事をは辞して名のらす永禄五年のゝちに輝虎とは申せしと也》
同き九月近衛の関白前嗣公 越後国に御下向あり
これは謙信かねては北条をほろほし頼経将軍の先蹤を
追て藤氏の貴族を関東の君とあふき奉るへしと思ひ
けれは内々殿下御下向の事を催されしゆへとそ聞えける
《割書:甲陽軍艦等の書に永禄三年三月謙信小田原に攻入し時近衛|殿の御供をせしよしをのせたりおほつかなし公卿補任にはその》
《割書:とし九月十五日殿下越後へ御下向同き 五年に御帰洛のよし|をしるせりまた 按するに 前嗣公のちに前久と申せし》
かくて輝虎入道生年十四才より弓矢をとつて三十
【左丁】
六年北陸当東山東海の諸道に威をふるひ越後越中加賀
能登佐渡飛騨上野《割書:半国|余》下野《割書:半国|余》陸奥《割書:二|郡》出羽《割書:五|郡》常陸《割書:三|郡》
の国々をうちしたかへ当寺織田弾正忠信長か将軍家を
蔑如し参らすると聞て大にいきとをりさらは信長を
退治して天下の異見をも申さめとて 天正五年三月
越路の雪の消るを待都にうつてのほらんとて既に
諸国の軍勢を催促す此年二月の半よりなにと
なく違例して同き三月十三日年四十九歳にして
卒しける《割書:夏目記に喪送の事とり行ふとて枕の下をみれは|辞世の言葉と見えて我一期栄一盃酒四十九年一酔》
《割書:間生不知死亦不知歳只是如夢中といふ|ことをみつから書ておし入ておかれしといふ》輝虎いかなる心にや