伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(八・下) - 翻刻

藩翰譜(八・下) - ページ 11

ページ: 11

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【右丁】 《割書:世につたふ夏目か記にしるせる所を見るに病ひしてみつから辞世|のことはをのこせしなれは世の説またあやまりつたへし也この余》 《割書:謙信の行状は 甲陽軍艦等にもあらまし|見ゆるなりけれは大略をしるすのみ》去ぬる元亀元年の 春北条左京大夫氏康七男三郎を人質とし越後 国に送る謙信我子にすへしとて天正元年正月十九日 我名ゆつりて上杉三郎景虎と名のらせ わか外甥 景勝か妹にあはせけり謙信卒する時 領せし国々 を二ッにわかちて半は景虎にゆつりて半は外甥の 長尾喜平次景勝にゆつる 謙信卒して 百日をたに 経すして景虎景勝たかひに国をあらそふて軍 起り《割書:四月廿日|の事也》景虎うちまけて春日山の城にさる 【左丁】 憲政の御館喜駄川へ落ゆき景虎か方人せし 家子郎等こゝかしこの城々にたてこもりて 戦やむ事なく天正七年正月晦日景虎かたのみ きつたる侍大将北条丹後守うたれしかは景虎御館 にもたまりかね同き三月鮫か尾の城におちゆきて こゝをもおなしく攻おとされ景虎はらきつて死し 憲政も終に自害してうせぬ抑此景勝か父越後守 政景は輝虎か姉聟にて同し流の長尾也しかるに 政景輝虎うしなはんとする事 両度におよひて 輝虎これを誅せん事いとやすしさりなから彼家ほろ