伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(八・下) - 翻刻

藩翰譜(八・下) - ページ 12

ページ: 12

翻刻

【右丁】 ほさんもあはれ也かつ国のみたれともなりぬへしはか らふへきやうこそあれとて戸次といふ侍におほせて 《割書:戸次団右衛門|といひしもの也》彼か領せし野尻の城のほとりなる湖にて 政景あやまちて水におほれて死せしやうにこし らへて其よつきをたゝす其子喜平次景勝十一才にて 父におくるいとけなき心にも父か不忠の罪を恥いかにも して輝虎の恩にむくひ此恥すゝかはやと神仏に 祈請して十三才より輝虎にちかくつかへ十四才にて 深沢九鬼といふ大剛の兵共輝虎につみかうふりしを 二人なから同し枕にきつてけり輝虎大に感して父政景 【左丁】 か領せし植田三庄を始てのこる所なくかへしあたふ 十五歳にて加賀能登の軍に高名し廿四歳の時 輝虎卒し景虎と戦また三年かうちにうちほろほす こゝに織田平の信長年ころ輝虎の威におそれつねに 家人の礼を執て物献る事さらにむなしき日なかりき 輝虎死し国みたれしときゝしよりも上杉か国々 うちとつて領せよやとて加賀の国をは佐久間 玄蕃允能登をは前田又左衛門尉 越中をは佐々内蔵助 にわかちたふ景勝をりふし柴田因幡守かそむきて 越後の国新発田の城にこもりて国中しつかならさる