伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(八・下) - 翻刻

藩翰譜(八・下) - ページ 13

ページ: 13

翻刻

【右丁】 をしつめんとてかれらと戦ふにいとまあらす天正十年 の春信長甲斐の武田を滅して上野をは滝川左近 将監信濃をは森武蔵守にあたふ諸方の敵■【諜ヵ】し 合て越中信濃上野より 攻入らんとす景勝まつ越 中に向ひ魚津の城におしよせたる 織田か軍勢打 やふり取てかへして信濃国にむかふ景勝信濃に 引かへせは柴田佐々又魚津におしよせて終に城を そおとしける此年六月信長明智に討れ滝川森上 方へ引かへす景勝信濃をうちしたかへ越後の国に 帰て国中の乱をしつめ又佐渡国をうつ同き十二年 【左丁】 羽柴筑前守秀吉越後国柏崎妙楽寺の僧に 《割書:日蓮宗|の僧也》木村弥一右衛門尉副使として音信を通しかさ ねてまた木村を使としてなかく両家のよしみむすふ へきよしの起請文かきて贈らる又越中の佐々か秀吉 か旨にしたかはす秀吉これをうたんかためやかて彼国 にむかはんとす成政いかに申とも 景勝たすけたま はすんは秀吉かさいはい何事かこれにすくへきとそ 申されける景勝木村にむかつて去し年景勝成政か ために魚津の城をおと《振り仮名:した|さ|◦◦》る当時は国中の乱をしつめん とていまたかれと戦ふに及はす又彼国は我か累代の所