キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [7] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [7] - ページ 10

ページ: 10

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 出張して彼奴原を退治せん下知を加ふと云  へ共数千之人数越集攻寄に依て主人寺沢兵  庫頭者在江戸也人数は少し旁以て城を取ら  せしと引取籠城して下知を加へ徒党之奴原  大人数故方々ゟ攻寄三之丸二之丸へ責登本  丸之軽卒共之家江火を放程に是有所に藤右  衛門籠城して城を持答へ徒党之奴原を追散  したるは大き成手柄と可申処に何とて引取  たるを恥辱と可申哉大将之智有り最勇有り  斯忠節を根廻たるに悪さま尓申は勿躰之至  り也又信綱江石谷貞清語ら連けるは三宅藤  右衛門者いつとても寄を不切勇士也与被申  を信綱臣大島左源太豊長倒に而是を聞たり  と語りたる也三宅藤右衛門は唐津城下に有  之処に天草一揆起りたるを聞兵庫頭留守に  指置たる人数を引連早速七十五里之海上を  扁て天草に至る父藤兵衛幷唐津勢島子本渡  に於て過半討死多勢之一揆もりかへすてひ  尓古連なし且冨岡城危存し敗軍之人数を引  上け諸勢之しん加里して冨岡江籠城春と云