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出張して彼奴原を退治せん下知を加ふと云
へ共数千之人数越集攻寄に依て主人寺沢兵
庫頭者在江戸也人数は少し旁以て城を取ら
せしと引取籠城して下知を加へ徒党之奴原
大人数故方々ゟ攻寄三之丸二之丸へ責登本
丸之軽卒共之家江火を放程に是有所に藤右
衛門籠城して城を持答へ徒党之奴原を追散
したるは大き成手柄と可申処に何とて引取
たるを恥辱と可申哉大将之智有り最勇有り
斯忠節を根廻たるに悪さま尓申は勿躰之至
り也又信綱江石谷貞清語ら連けるは三宅藤
右衛門者いつとても寄を不切勇士也与被申
を信綱臣大島左源太豊長倒に而是を聞たり
と語りたる也三宅藤右衛門は唐津城下に有
之処に天草一揆起りたるを聞兵庫頭留守に
指置たる人数を引連早速七十五里之海上を
扁て天草に至る父藤兵衛幷唐津勢島子本渡
に於て過半討死多勢之一揆もりかへすてひ
尓古連なし且冨岡城危存し敗軍之人数を引
上け諸勢之しん加里して冨岡江籠城春と云