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番乗り父子仕たると仕父子大き成誤り後世
之人之誹り不可少事
又曰細川家来平野弥次右衛門家来原田治兵衛
と云者有り是は蓮池之際に而加已こを竪に
津き多るを市川甚左衛門叱りたる時挨拶仕
たる功之者也
又曰二月廿七日俄に城江惣乗有馬左衛門佐直
純同蔵人康純は寺沢堅高之後陣成歟懶兼而
進み黒田寺沢人数七段に押出したる尓先を
乗り本丸之腰曲輪備中丸を千々村串山村之
者共固めたる陣場江乗込夫ゟ本丸之大手簀
戸口脇ゟ石壁を上り越江本丸江大将之一番
乗は直純康純也与名乗而攻入其夜は本丸之
下段に陣取与云々
又曰二月廿七日俄事に而不慮に惣攻有之黒田
寺沢は請勢成に依而見合ら連徒る処に林丹
波馳来りて人数可罷出もや登謂て井樓江上
て是を見るに諸勢段々競進みて攻懸之間両
将も左右ゟ人数を押出し本丸之腰曲輪備中
丸江乗込まる依之天草丸之松山之方之一揆