キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [7] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [7] - ページ 92

ページ: 92

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 之迚信綱氏鉄ゟ制せら連て以後は鉄炮を止  切捨らるゝと也後に忠之美作語而曰城之上  ゟ敵共見下し戦内に者乗得さる物也反り加  減之時乗連は勝利を得る也与申たる由是を  思ふに美作義は大君にも知し召連し今度有  馬江罷越由度々之武功有者な連はなり信綱  氏鉄にも申せと上意有つると申伝江たる程  之勇功な連は勇進る大名之忠之下知も無承  引美作指図を守たるは事に逢たる家臣を持  程之頼母敷忠節有間敷与思侍り 又曰二月廿七日之晩惣攻有之て二之丸に信綱  氏鉄陣を構ふ時に酉之下刻先手之衆ゟ使番  来て本丸乗取也而茂穴小屋共に一揆之賊徒  少々残居たる申付而是を討す如此之間最早  本陣江御引取あれと申来る也其後歴々之諸  将達来條して早速落城目出度御手茂不入日  頃之被仰付故俄事与いへ共諸軍混乱せすと  武功有る立花宗茂之輩其外演ふ氏鉄江告け  心を一致尓して信綱最前申来先手衆之返事  に者本丸御乗取一段之事也然共穴小屋共に