翻刻
といふの語(ご)にては其(その)意旨(いし)を尽(つく)すこと能(あたは)ず
然(しか)れども世上(せしやう)吾輩(わがはい)一般(いつぱん)に称(とな)ふる所(ところ)はこれ
を腐敗(ふはい)といふ又(また)物(もの)の腐敗(ふはい)するは皆(みな)一様(いちやう)な
れども諸物(しよぶつ)各(おの〳〵)其(その)体質(ていしつ)の組織(くみたち)を異(こと)にする故(ゆへ)
に其(その)腐敗(ふはい)する態(すがた)も亦(また)甚(はなはだ)殊異(さま〴〵)なり即(すなわち)同一(どういつ)の
物品(ぶつひん)に於(おい)ては化学上(くわがくじやう)に説(と)く所(ところ)の経過(けいくわ)順次(じゆんじ)
は入交(いりまじ)り混雑(こんざつ)するが如(こと)し然(しか)れども其(その)次第(しだい)
は甚(はなはだ)整々(そろひ)たり
按(あん)ずるに次第(しだい)の整々(せい〳〵)として経過(けいくわ)混雑(こんざつ)す
といふはたとへば米(こめ)の腐敗(ふはい)の如(こと)き先(まづ)醴(れい)
となる時(とき)には甘(あま)く次(つひ)で酒(さけ)となる時(とき)は酔(ゑ)
はしむる物(もの)に変(へん)じ次(つぎに)醋(す)となる時(とき)には其(その)
味(あじはい)酸(す)く次(つぎ)に腐敗(ふはい)する時(とき)は食用(しよくよう)に適(てき)せず
其(その)順(じゆん)の正(ただ)しく屢(しば〳〵)変(へん)ずるを云(いふ)ふなり
化学上(くわがくしやう)の定則(ていそく)を以(もつて)論(ろん)ずれば所謂(いはいる)酒醸(しゆじやう)酸醸(さんじやう)
も亦(また)其(その)腐敗(ふはい)経過(けいくわ)の内(うち)にあり然(しか)れどもこれ
一(いつ)には其(その)経過(けいくわ)の際(あいだ)各(おの〳〵)其(その)物品(ぶつひん)に固有(もちまへ)の状態(ありさま)
あり一(いつ)には取分(とりわけ)け其(その)経過(けいくわ)よりして成(な)れる