翻刻
【右丁】
ふらすといふものなし同き二月蜂屋半之丞親周ゆかり
につきて大久保治右衛門忠佐によつて罪ゆるされて
御家人にめしかへされん事を望む御ゆるしあるべしとも聞へ
す忠俊入道常源岡崎に参て抑此度御家人等かそむき
まいらせし事君を恨申ことあるにても候わす只心の愚
なるまゝにふかく仏法を信するによつて也よのつねの
謀反反逆なんとゝは其科同しかるへからす彼等か罪たに
御ゆるしあらんには吉良荒川の人々を始て御敵こと〳〵く
たいらけん事踵をめくらすへからす又入道か一族か軍せし
やうをは君も御覧してこそ候らめかれらか勧賞に申かへて
【左丁】
八百余人か首つくへきにて候と申けれは汝か申所理あり
さらは汝かはからひに任すへしと仰ありて御家人等こと〳〵く
返され吉良義照を始て謀反の張本せし輩たちまちほ
ろひうせにけり《割書:大久保か家|大功の三ツ》同八年三月長沢の城落て忠世
等一宮の要害を守り同十二年正月忠世忠佐兄弟等掛川
の城のほとりにて今川の勢と戦ふ元亀三年十二月三方
か原の合戦御方すてにうちまけて散々になつて引かへ
す忠世御旗を給て犀か㟞に打たておちくる御方をあ
つめて《割書:此事創業記|考異に出ス》浜松の城に参忠世今夜かたきの陣に
夜討せんと存ず人々の手には足軽鉄炮になれたるをあつ