伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・中) - 翻刻

藩翰譜(四・中) - ページ 10

ページ: 10

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【右丁】 ふらすといふものなし同き二月蜂屋半之丞親周ゆかり につきて大久保治右衛門忠佐によつて罪ゆるされて 御家人にめしかへされん事を望む御ゆるしあるべしとも聞へ す忠俊入道常源岡崎に参て抑此度御家人等かそむき まいらせし事君を恨申ことあるにても候わす只心の愚 なるまゝにふかく仏法を信するによつて也よのつねの 謀反反逆なんとゝは其科同しかるへからす彼等か罪たに 御ゆるしあらんには吉良荒川の人々を始て御敵こと〳〵く たいらけん事踵をめくらすへからす又入道か一族か軍せし やうをは君も御覧してこそ候らめかれらか勧賞に申かへて 【左丁】 八百余人か首つくへきにて候と申けれは汝か申所理あり さらは汝かはからひに任すへしと仰ありて御家人等こと〳〵く 返され吉良義照を始て謀反の張本せし輩たちまちほ ろひうせにけり《割書:大久保か家|大功の三ツ》同八年三月長沢の城落て忠世 等一宮の要害を守り同十二年正月忠世忠佐兄弟等掛川 の城のほとりにて今川の勢と戦ふ元亀三年十二月三方 か原の合戦御方すてにうちまけて散々になつて引かへ す忠世御旗を給て犀か㟞に打たておちくる御方をあ つめて《割書:此事創業記|考異に出ス》浜松の城に参忠世今夜かたきの陣に 夜討せんと存ず人々の手には足軽鉄炮になれたるをあつ