伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・中) - 翻刻

藩翰譜(四・中) - ページ 9

ページ: 9

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【右丁】 の秋の比より不思議の大変出来て国中以の外に騒動す たとへは当国佐崎といふ所に上宮寺といふ寺あり彼寺 の住侶徳川殿にそむきまいらせ野寺針崎の寺々に牒し 合せ門徒の郷人等駈催し吉良義照を大将におしたて 東條の城に移り入国中の一族等所々に蜂起す徳川殿 宗徒の人々をめして一向専修教法此国に行るゝ事年 久し普第の家人等多くは彼寺の檀那たりすみやかに 其宗門をあらため彼逆徒にくみすへからさる旨の起請 文をかきてまいらすへしと仰下さる彼檀那等各より合て 僉議す抑衆生の四恩いつれ浅深はあらすさりなから 【左丁】 君父現当の恩よりも如来悲願大恩は未来永劫を経る とも尽る期さらに有へからすされはたとへ譜代相伝の主君に 叛き奉るともいかて仏法の破滅を擁護せさらんと一同して 或は兄弟を引わかれ或は父子とうちつれて都合侍八百 余人皆々城へそこもりける此所におゐて大久保か一族親類 のちなみをはなれ傍輩のよしみをすて一人もそむき参 らするものなし上和田に要害をかまへ勝満寺に向つて 日々夜々にせめ戦ひさはかしかりし年暮て明れは七年正月 十一日上和田の合戦に新八郎忠勝眼を射られ《割書:忠利入道|常源は【か】子》 七郎右衛門忠世も手おひ其外一族郎等一人も疵をかう