翻刻
【右丁】
の秋の比より不思議の大変出来て国中以の外に騒動す
たとへは当国佐崎といふ所に上宮寺といふ寺あり彼寺
の住侶徳川殿にそむきまいらせ野寺針崎の寺々に牒し
合せ門徒の郷人等駈催し吉良義照を大将におしたて
東條の城に移り入国中の一族等所々に蜂起す徳川殿
宗徒の人々をめして一向専修教法此国に行るゝ事年
久し普第の家人等多くは彼寺の檀那たりすみやかに
其宗門をあらため彼逆徒にくみすへからさる旨の起請
文をかきてまいらすへしと仰下さる彼檀那等各より合て
僉議す抑衆生の四恩いつれ浅深はあらすさりなから
【左丁】
君父現当の恩よりも如来悲願大恩は未来永劫を経る
とも尽る期さらに有へからすされはたとへ譜代相伝の主君に
叛き奉るともいかて仏法の破滅を擁護せさらんと一同して
或は兄弟を引わかれ或は父子とうちつれて都合侍八百
余人皆々城へそこもりける此所におゐて大久保か一族親類
のちなみをはなれ傍輩のよしみをすて一人もそむき参
らするものなし上和田に要害をかまへ勝満寺に向つて
日々夜々にせめ戦ひさはかしかりし年暮て明れは七年正月
十一日上和田の合戦に新八郎忠勝眼を射られ《割書:忠利入道|常源は【か】子》
七郎右衛門忠世も手おひ其外一族郎等一人も疵をかう