翻刻
【右丁】
あてゝ陣をわかつて十三所西に向てひかへたり両陣の間わ
つか二十町に過す五月廿日の夜酒井左衛門尉忠次信長の軍兵
を引くし山路をつたふて鳶の巣にむかひ明れは廿一日の朝
かたきのやうかいをせめおとす忠世か弟治右衛門忠佐兄に向ひ
今日の戦は我等か為には当の敵信長の加勢に先をかけさせんも
無念の次第なるへし我まつさきかけて戦ははやといふいしくも
申たるものかなとて徳川殿に参てかくと申す足軽の兵の
鉄炮の達者をすくつて兄弟につけられ《見せ消ち:さ|た》る馬に乗ては
かけ引自在なるましとて兄弟ともに手勢も皆おり
たゝせて先陣にすゝむ本多鳥居平岩か勢同しくつゝゐて
【左丁】
打て出兄弟先足軽を出し敵にむかつて鉄炮を一度にはな
つ武田か方にても山縣三郎兵衛尉昌景千五百人是も同しく
おりたつてしころをかたむけ面もふらす太鼓を打て曳
や声揚て進み来る兄弟か兵敵かゝれはさつと引て鉄
炮をはなつてうちちらしかたきひけはとつとおめいてき
つてかゝる小菅廣瀬三科とて一人当千のかたきと忠世忠
佐兄弟と名乗かけ〳〵追つ返しつ九度まてせめたり
けれ小菅三科ておふてひく大将昌景鉄炮にあたつて馬
よりおつ織田殿の方にても佐久間右衛門尉信盛六千人
瀧川左近将監一益三千人柵より外に打て出馬場内藤に