伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・中) - 翻刻

藩翰譜(四・中) - ページ 14

ページ: 14

翻刻

【右丁】 散々に戦なつてにけられは【?】四郎は主従三騎にて本国 さして落さりぬ軍すてに事終て織田殿大久保兄弟をめ され此度の軍に利を得し事偏に汝等兄弟戦功抜群 成し故也とて感したまふ事大かたならす《割書:此後安土にて|忠佐に小袖給ひし》 《割書:事大久保か物かたり|つまひらかなり》此年六月七日忠世二俣の地を給ひみなの原に 要害を構て二俣の城をせむ武田か加勢も来らされは城の大 将依田右衛門尉信蕃こらへかね忠世に城を明けわたし高天神の 城に引て入城をも忠世に給て同九年に至るまて凡七年か 間かたきの境に打出て日夜の戦ひいとまなく同十年武田 四郎亡ひし時依田右衛門尉信蕃駿河の国田中の城に 【左丁】 ありこゝをも忠世請取ける今年六月織田殿父子うた れたまひ甲斐信濃ふたゝひみたる忠世仰を承り宗徒 の人々うちつれて甲斐の国をうちしたかへ信濃国に至て 諏訪の小太郎を始とし当国の国人等をこと〳〵く降すかゝる 所に北條左京大夫氏直上野国をしたかへ碓氷峠を打越 信濃国より甲斐国に入て徳川殿と戦ふ又はからふて真田 安房守昌幸御方に参るかくて諸方の戦氏直の軍大に 利をうしなひ徳川殿に中なをりし信濃上野を経て相模 国にそ帰られけるかゝりし程に徳川殿古国府に御陣を 居られ山林にふしかくれし武田か家の者とも皆御家人