翻刻
【右丁】
承り候と申て飛て下り忠隣をたすけ乗す《割書:小栗此日の|戦ひに鎗に》
《割書:て股をつきぬかる血おひたゝしくなかれいつちつとも|ひるます御馬にそふて浜松に帰れり》天正の初より忠隣
奉行職に参り国務の事を沙汰す《割書:ふるき奉書に大久保|新十郎奉るとかきし》
《割書:多し信州村上末流の家に伝へし古文書の中に新十郎忠泰村上源五郎奉後に》
《割書:送りし数通あり其中三月廿日と記せし書に去月者其国へ【人ヵ】罷越輝虎の見参》
《割書:に入し由の文たり又徳川殿より国清に給はりし御書に此度大久保をさし遣さるゝ由にて》
《割書:二月廿日としるさるおもふに此事天正二三年の間にあるへし又忠泰松平左近将監》
《割書:貞政と連書して国清に送れる書あり鎌【謙】信上洛のよし聞へてその期をとふ所》
《割書:にして二月五日としるせり是は天正六年の事とみへたり此年三月十三日》
《割書:鎌【謙】信卒|せり》長湫の戦に徳川殿と馬をならへ御手の兵を下知し
て軍させ森武蔵守長一黒母衣一揆馬の鼻をならへ山より
こなたにかけおとせは忠隣まつさきにすゝんてよき敵
二騎切ておとし馬乗り廻し〳〵御手の兵の軍する様を
【左丁】
見る人々うちとつたる首ともさし置まつ忠隣に見す
長一か陣すてにやふると見て又池田紀伊の入道か陣にはせ入
かちたちのかたき鎗とつてかけむかふ忠隣も取なをして互に
つく敵の鎗むかふさまにかふとの内につき入し程に忠隣あ
ふのけに馬よりおつ敵やかて其馬にうち乗てにけのひぬ
《割書:此時忠隣か乗たるゑのこ鞍といふを後に池田か侍土肥権左衛門といふものゝ》
《割書:もとより返し贈るされはこのかたきは土肥なるへし》
忠隣か郎等また《割書:宮地|彦九郎》ぬし失ふたる馬取て我か主をのす
敵陣こと〳〵くやふれしかは忠隣みかたの御勢を止て御所
に参り人々の高名不覚を糺しける此日忠隣につゝきし
郎等下部か討取首十二生捕一人とそ聞えたる天正