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【右丁】
戯れあるへしともおほへすまち給へ事終て仰承るへしとて
しつかに事を終て後さらはとて謹て仰を蒙りさなき
たに此間洛中洛外物さはかしかりしに京童共忠隣罪
かうふると聞てすはや事の出くるそと資財雑具等もか
しこに持運ひ以の外に騒動す忠隣此よしを聞ておのか
弓箭兵杖こと〳〵くに束ね縛りて伊賀守か許に送り家
子郎等皆いとま賜て関東に下しけれは洛中程なくしつ
まりぬ二月五日森川内膳正日下部河内守大久保与一郎同
半助等御勘気を蒙るこれは去十六年三月十七日大御所
関東へ下らせ給ふとて相模国中原の御旅館にわたらせ給ふ
【左丁】
時加賀守忠常急病なりと聞てひそかに小田原の城に馳行
し輩也三月佐野修理大夫九月安房侍従《割書:里見|なり》二人とも
に所領没収せらる忠隣か縁座也扨も忠隣は二月二日近江国
に趣き南光坊の僧正に頼て一紙の告文を捧く大御所く
り返〳〵御覧してとかく仰出される旨もなけれは忠隣重て又
訴ふる事もなくかくて配所に年経てのち預り人掃部
頭直孝か時に至てある時対面のついてに罪なくしてむなしく
成給はんこそいたはしけれ申披き給ふへき旨あらは直孝
身にかへて執し申へきにて候とすゝむ忠隣聞て御芳志
の程山よりも高く海よりも深したゝし忠隣罪なからん