翻刻
【右丁】
大坂の城守る番に上りていまた城には入らて旅舘にあし
か【?】めしつかふ医師のために弑せられて死す四十歳とそ聞え
し祖父元忠か伏見の城守りてうち死したりし月も日も
今日にて又元忠か首盗出して葬たりし都の商人佐野か
子も今日忠春迎へんとて此処に来り彼医師か忠春を
刺ところをおしへたつるとていた手おふて死たりけるそも
不思義なり《割書:初め忠政かの四郎左衛門男か心さしをふかく悦ひ所領くれて|士になさんといひしかは恩のほとはありかたしさりなから》
《割書:我もとあき人也しらぬ弓矢の道にたつさわりはちかましき事も侍ら》
《割書:は我身の事はさておき君を人のあさけり申さん事ねかふ所にあらす》
《割書:只此まゝに候へしといひし也此度又手おふて死せしか子なかりしかは》
《割書:弟の僧にてあるを還俗させ家つかせんといひしかと此年迄出家》
《割書:して今さら還俗せん事も然るへからすとて僧にて終たりと聞え》
《割書:しされともいかにしてつかせけん佐野ゝ家いかにも絶すと承る》
【左丁】
忠春か子兵部少輔忠常父につき後左京亮と申ける
土佐守平成次は彦右衛門元忠か二男若き時より将軍家に仕へ
奉る関か原御陳【陣】の時山道の御供し《割書:此時石田三成を預けたまはりし|事忠政の伝に見えたり》
大坂前後の軍に先陣を給り首きる事二百八ツ甲斐
国都留の郡を領して《割書:三万八|千石余》駿河大納言家に附られし
その嫡子淡路守成行か時駿河殿の御事によつて出羽
国最上郡に流されて従弟の左京亮忠恒に預られけり
《割書:駿河殿常に行ひあら〳〵しくましまし大相国家の御心に叶はせ給はぬ》
《割書:御事多かりしかは土佐守成次日夜に心をくるしめある時は色を和ら》
《割書:けおしへ道ひき参らする事もあり又或時は顔を犯していさめ争ひ奉》
《割書:事もありき寛永二年正月十一日青山大蔵大輔幸成大相国の御使として》
《割書:駿河殿の御舘に行向ひ駿河遠江を給ひ本領甲斐をあわせて三ヶ国を》
《割書:領したまふへき旨をのへしに駿河殿よろこばせ給ふ御けしきもなくまた》