翻刻
【右丁】
《割書:みな人聞ける事なれはふるき人の|物かたりをうけたまはり候ひき》
【左丁】
内藤
左馬助藤原政長は弥二右衛門家長か男家長は右京進
義清か孫故の弥二右衛門清長か子也けり清長初め岡崎
贈大納言家に属ひ三河国上野の城にあり天文十一年
十二月廿四日尾張国の軍勢おそひ来りすてに外郭を
打やふつて第二の城にせめ入清長一族郎等きつて出
ふせき戦し程に寄手散々に成て引かへす岡崎殿
感し給ふ事なゝめならす清長か甥四郎左衛門正成に所領を
賜ひしは此時の賞とそ聞ゝける家長強力の手きゝにて
度々の高名を顕しける中にも天正三年五月廿一日長篠