伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・中) - 翻刻

藩翰譜(四・中) - ページ 47

ページ: 47

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【右丁】 たつ誰人の御矢に候か御弓勢の程驚入候とて家長か昨日 の矢をそ贈ける徳川殿此よしを聞召家長を御前に召れ 御鎧の上にめされたる御道服脱てたまはりけり同き 八年五月田中の城の辺にて麦からせて帰給ふ時敵望宗 の城より切て出御跡を襲わんとす家長宗徒の人々と同く 取て返し戦て首あまた切て引返す《割書:家長持舟の城降におつ詰|敵二騎つき落し石川日向守》 《割書:板倉源十郎石川三郎右衛門に|くひとられしといふ》同十年甲斐国に入て大野の要害 を守り松平玄蕃頭清宗と北條の勢と戦ひ首廿七うち とる十二年小牧の軍に随ひ此年蟹江の城を攻十三年石川 伯耆守数正岡崎の城を去し後石川か寄騎の侍八十人 【左丁】 家長か手に属せらる十八年小田原の先陣を承ることし 関東に移給ひしに上総国佐貫の城を下し給ふ《割書:二万|石》慶 長五年の秋鳥居彦右衛門尉元忠等と同しく伏見の城にとゝ まる上方の軍勢寄ると聞て二男小一郎をくして西城にそ 籠りける八月の朔日城中に返り忠の者ありて本城忽に 焼出猛火殿屋にもへ上る元忠内藤と一所にならんとて 西城の大門にて家長に打むかひ本城すてにかくのことし 猛火の中に焼死んよりは主殿一所に戦てうち死せんと 思ふはいかにといひけれは家長いや〳〵わ殿は本城を守る大 将也いかなる事ありとてもかしこにてこそ死すへけれ敵