伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・中) - 翻刻

藩翰譜(四・中) - ページ 49

ページ: 49

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【右丁】 合戦の時父家長と共に多くの敵を射殺し太刀打に成て 敵の首取て献る天正十七年三月十五日叙爵し慶長 五年東西の軍起し時政長は宇津宮の御陣にあり関ヶ原 の戦にも猶宇津宮にとゝめらる此年父家長か遺領を賜る 同七年十一月廿一日新恩の地加られ《割書:一万|石》大坂の軍には関東 にとゝめらる元和八年陸奥岩城の城に移て所領の地 加賜り《割書:二万五千石|を加らる》寛永九年十二月廿八日従四位下同十一年 十月十七日六十七歳にして卒す嫡子帯刀忠興は慶長十年 四月十六日叙爵す大坂の兵起りし時は父子関東にとゝめ らるただ忠興ひそかに馳上りて本多佐渡守正信につきて 【左丁】 其よしを申す井上主計頭正就か手に属らる明れは元和 元年三月廿五日父か所領上総国佐貫の地にして一万石 を給る大阪の兵再ひ起しかは酒井左衛門尉家次か手に属 して森豊前守と戦ひ首四ツをきつて献る同き八年 父か所領をうつされし時忠興又岩城の地を加給つて移る 《割書:一万石加へられ|合て二万石》父卒して後家をつく《割書:忠興と称せらるる事|御諱字賜ひしならん》忠興大 坂の軍に従ひ首四ツを切て献る承応元年五月 十六日忠興水野出羽守忠胤松平丹波守光重と同 しく仰を承り三人輪番して大坂の城をまもる事 ことしより万治三年に至れり《割書:世に/権(カリ)の|御城代と云》寛文の十年