翻刻
【右丁】
よりこのかた度々の高名数をしらす《割書:信成わかゝりしとき|ある人の馬のすくれ》
《割書:て力あつてあたりをはらひ人をくらふてはなれ出てはしり来り》
《割書:信成にゆきあひ人のことくにたちて信成を無手といたきてひた》
《割書:くひにくらふ信成さるしたゝかものにていかにもくみふせてくれんと》
《割書:おもひけれともかなふへからすすてにくひころされん時にいたりて》
《割書:せひなくさしそへ刀引ぬき馬ののとふへかき切てすつ信成は》
《割書:からき命いきけれと馬におふて刀およはすきりたるを口おしき》
《割書:事におもひかつは人の馬殺しけれは腹きらんとするを人々おし》
《割書:とゝむ徳川殿聞しめしよのつね馬牛の頭きるなとゝはしな大ひに》
《割書:かわれりなとかくるしき自害におよふへからすと制し給ひしを》
《割書:隣国の人々つたへ聞て御裁断のほとを感せしといふ事甲陽》
《割書:軍鑑に|出たり》永禄六年一向専修の門徒等こと〳〵く叛き
参らせし時信成一族等共に御方にあつてこゝかしこ
に戦ひ長篠の合戦に大久保兄弟と同しくすゝみて
敵の多勢をうちやふる高天神の城おちぬと見へし
【左丁】
とき討もらされたる敵一定国安にや落ゆかん
汝らかの所に行むかふへしと仰けれは信成菅沼二郎
右衛門とおなしくかしこにむかつて陣をはるかたき案の
ことく此所に落来るを出むかひ戦ひ首切て
参らす小牧の陣に清洲の本城にとゝめられ小田原
軍には伊豆国韮山の城をくたきことし関東に移り
たまひしかは此城をもつて信成に賜ふ《割書:一万|石》関か原の
戦に駿河国沼津の城をまもり《割書:一説に関か原にて|御脇備也と不審》軍終て
のち美濃国岩村の城を守る明れは慶長六年二月
駿河の国府を賜て移る十一年大御所駿河の国府