翻刻
【右丁】
うけて徳川殿につかふ大相国家《割書:台徳院殿|の御事》いまた御幼稚の
御時より御傅としてつけられ関東に移給ひし時相模
国当麻の地を賜ひ《割書:七千|石》其のち本多佐渡守正信と二人関
東の奉行職を奉る慶長六年青山常陸介忠成を加へ
られ三人同しく職にあり同十一年清成忠成つみかうふりて
職ゆるさる《割書:此事本多正信か碑文につまひらか也大御所冬ことに|武蔵相模の国々にわたらせたまひ御鷹狩の事あり》
《割書:将軍家より其所〳〵【ゝ】にて鳥獣とる事を禁せられるある時大御所》
《割書:締むすひ■縄ひきし所を御覧してたれかしわざと尋玉ひしに》
《割書:内藤青山かゆるせしよし申けれはかゝる事将軍には知り給はぬにやと》
《割書:御気色ことの外に損し給へは将軍家聞し召驚かせ給ひ二人誅せらるべき》
《割書:よしを阿茶の局につきてうかゝはせ給ふ局此よしを申二人か事を歎し》
《割書:かとも大御所なにの仰出さるゝ旨もなし将軍家いよ〳〵おそれ思しめし》
《割書:佐渡守正信めして此事いかゞすべきと尋給ひしに殿の御孝行に》
《割書:ましますゆへに天下のゆつりをも得給ひ将軍とはならせ給へともこれ》
【左丁】
《割書:しかしなから大殿の御恩浅からぬ所也いかなる事成とも大殿の御心には》
《割書:そむき給ふへきまして内藤青山すてに大殿の御勘当蒙る上は》
《割書:誅せられん事いふにやおよふと申将軍家なけかせ給ふ事大かたならす》
《割書:正信さらは大殿へ参りて御気色をうかゝひ候はんとて御鷹狩の地に》
《割書:参り正信か来ると聞召て御前にめされしかは参てさてもおそろしき》
《割書:事にて候将軍の大殿の御気色あしきときこしめし内藤青山》
《割書:誅せらるへきにきわまる二人か事も又不便といひつへし正信すてに老》
《割書:たり将軍につかへ申さんにもし大殿の御事にてすこしのつみを犯す共》
《割書:かならす誅せられん事うたかひなしあはれ大殿にめしかへされ奉公》
《割書:して首をつきて死したく候将軍家につかへ申さん事おそろしき》
《割書:事にて候と申けれは大御所の御心たちまちにとけて将軍さほと》
《割書:に二人をいかり給ふにやと阿茶の局めして二人か命うしなわれん》
《割書:事しかるへからすいそき申送るへしと仰られしかは将軍家大に悦》
《割書:はせ給ひて内藤青山かつみまぬかれたるおしこめられて後終に死し》
《割書:たりし誅せられさりし事はひとへに|正信かはからひゆへなりとそ》同十三年十月十日清成とし
五十四歳にて卒す《割書:創業記を按するに此ほとは出て仕へ将軍家|御台所の御方の事をうけ給りしと見へたり》
其男若狭守清次将軍家の宿老にて大坂の軍の時