翻刻
【右丁】
人々と同しく討死をはせめとて岡崎に引かへす
案のことく日十日をたに過ずして織田弾正忠信秀
四千の勢を引率し三河国にうち入て大樹寺に
陣をとる此時内膳正信定安祥殿にそむき参らせ上野
の城にあつて勢を出さすましてきのふ迄も御手に
属せし国人等は一人も参らす森山より引返したる譜
第相伝の御家人等わつか八百人若君にいとま申て
八百人を二手にわけ伊田のあなたにうつて出る此人々の
心の程神明も感し給ひけん此所にたゝせ給ひし八幡
宮の鳥居かたきの方にむかつて六人余みつからうこき
【左丁】
出けるこそ不思義といふもあまりあれ人々大に力を得て
寄来る敵をまつ此所上は霜枯の野路はるかに下は賤
か田の面にかよふ道一筋信秀か軍勢これも同く二手に
おしわけて上道下道を行四千人こなたに向つてよせ来る
八幡の宝殿の方よりして白羽の矢雨のことくに降来
敵の上におちかゝると見物の人の目には見へてける上に向
ひし御方野はひろし敵はおほしまん中にとりこめられ
一人ものこらす討死す植村下道より向つてまつ先をかく
御方わつかに四百人四千の敵をうち敗りて又上道におし
向ふ野路の敵散々にみたれたつて信秀からきいのち