翻刻
【右丁】
いきて尾張の国へ引かへす《割書:これ伊田合戦也十倍のかたきに勝|し事たにためしすくなしまして》
《割書:大将のなき軍していとけなき君をたてし事異国本朝古今に|たくひあるへからすつまひらかなる事は大久保か三河物語に見ゆ》
《割書:事なりけれは略しぬ〇按するに此戦に植村|うち死せるよし記せるあり大に誤りなり》天文十四年の三月
御家人蜂屋の何某いかなる故にや岡崎殿を一刀さし
参らせし損してにげおつ御うち物の鞘をはづして
追かけ給ふに彼力【刀】御股にあたりけれははせ給ふ事御心に
叶わす蜂屋既ににけのびぬと見へし所に植村参りあひ
無手と組て堀の内におつ松平蔵人殿これも御舘に参る
とてはなつきにゆきあひ鎗とつて堀にのそむ植村
蜂屋上になり下になりてくみあふ信孝そこはなて植村
【左丁】
とよふ新六下になりなから大事の御かたき候をのれ共に
つかせ給へとてはなたず信孝おなしく飛て下りて
蜂屋をつく植村首をはきつてけり《割書:某か家に阿部四郎兵衛入|道か岡崎殿御帰国の軍》
《割書:記ありその始に徳川殿の事しるせし事ともあり文勢入道かしるせし|所におなしからねともしるす所こと〳〵く実記と見ゆ其記に岡崎殿》
《割書:をさしまいらせし人は蜂屋といふその名はきかすとしるせり世には片|目弥八といひしものとつたふあやまれるにや御家人も蜂屋といふ人多》
《割書:けれはかくはいひかへしなるへし此人目のすか目成し故に片目とはよひしなる|へし又其記の末に今の出羽守語ていはく安部をうちしは曽祖父蜂屋を討》
《割書:しは祖父にや候とあるしによつて某これを聞てわ殿か曽祖父の十六歳にし|安部をうちそのゝち妻むかへて蜂屋をうつへきほとの子もうくへしやとしの》
《割書:ほとをかそへて見給ふへきものかわ殿の祖父は徳川殿に年一ツさきとや申|されき徳川殿は岡崎殿十七才の御時もうけられし所也岡崎殿廿四才の御時》
《割書:かくれさせ給ひし物をといひしかは出羽守も尤に候といひし也としるせり記|にいふ所の今の出羽守とは後の家政の事なるへし〇舞をまふものゝ伝》
《割書:を見たりしに其中にいはく幸若与太夫といふは清和源氏の末流岩松次|郎経家は末孫也与太夫か父かた目はちやといひしものは安祥殿岡崎殿》