翻刻
【右丁】
廻文して安部父子うちて参らせんもの其賞請ふ
によるへしと下知しけれは田代河内の者共心かわり
して安部か許に夜討す散々に戦て敵数人をうつ
其隙に郎従等主の妻子引負て遠江国におつかくて
安部父子徳川殿にめされて彼夜討せし奴原すみやかに
追討すべきよし仰下され御勢三十騎差副らる元真
信勝田代河内の地に馳向ひて彼やつ原こと〳〵く
誅戮すかくて信玄駿河国を攻取て要害五ヶ所を
構て遠江国をも併せんとす《割書:安部口つつの村わらしな口水見色とき|川根山王山たうめのうしろ花沢》
《割書:遠州金谷の|上諏訪の原》父子に又御勢八十騎を指添られて《割書:永井善左衛門|等を差くはへ》
【左丁】
《割書:られし|といふ》彼要害こと〳〵くに攻おとす《割書:此時諏訪原をは安部谷|の金堀共よひむかへ堀》
《割書:より第二の城まてをほらせ夜討に火をかけて|にくるを追ふて首あまたきつてまいらす》徳川殿御感なゝ
めならす父子に仰せて遠江国ほうきか塚の要害に
帰りて駿河国の境を守らせらるやかてはつかし山の要害に
おしよせて攻落し進んてはつかし山を守り其後敵たるゐ
山に要害構しをも又攻落して陣をうつすかくて武田か
大将三浦右馬介たる井山によせ来るを父子戦てうち
やふる《割書:此時内書をなされ其御書には|天正五年九月十一日と記されたり》其後又遠江国高明の城を
まもりし時寄手攻あくみて信玄みつからよせ来らんと
するに徳川殿御後巻あるへしと聞えしかはよせ手