伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・中) - 翻刻

藩翰譜(四・中) - ページ 67

ページ: 67

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【右丁】 参らせしに守綱父子又其門徒なれは同しく針崎にたて 籠る明れは永禄七年正月十七日の戦に其父源五左衛門高綱 矢に中りて死しぬ《割書:四十二|歳也》其後守綱つみをゆるされてめされし に父か遺領給りて程なく新恩の地を加らる《割書:父の領百貫也|三十貫を加へらる》これ 年頃の武勇を賞せられし所也其後遠州の懸塚越前 金か崎近江の姉川此余一言坂三方原田中天方土井 の城の戦に凡一生の高名かそふるにいとまあらす中にも 元亀三年十二月廿二日武田入道信玄遠江国に発向し三方 原に至る徳川殿守綱をめされて敵のやうを見せらる守綱 先陣の人々に向ひて敵さすかに多勢也今日の戦ひしかる 【左丁】 へからすと申とゝめしに御方あらそひすゝみてすてに戦ふと 見へしかは守綱石川伯耆守康昌か陣に馬を馳て先をかく 《割書:此日石川か手の一番鑓は外山小作也|半蔵も又これにつくといふ》手合の戦御方勝軍しつと見へ しかと守綱が申せしごとくに敵の多勢入かへ〳〵戦へは 御方つゐにうちまけてちり〳〵になつて引返す守綱 伯耆守康昌と只二騎に成て大谷の道にかゝり浜まつ の城に入城門をそかためけれかたき追すかふてよせ来る 守綱舎弟半十郎秀綱等と門おしひらきうつて出つゐに 敵をうちやぶる軍散して此度の功賞に所領の地加給ふ 《割書:浜名豊田二郡|にて百貫の地》長湫の戦に足軽の大将を承る御方の先陣