伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・中) - 翻刻

藩翰譜(四・中) - ページ 7

ページ: 7

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【右丁】 久保兄弟に心ゆるすべからすとて新八郎忠利をめしいかの 八幡の神殿にて二心を存すましき由の起請文を一日に 七枚ツヽ三日まてこそかかせたれ忠利舎弟等をちかつけ 心あらん御家人誰か若君を迎んとおもはさるへきそれ にかく我をうたかふは年比の本意察せられぬ事もし おそなはつて後いかにくゆるともおよふましとて牟呂の 城に諜【惵ヵ】状し忍ひ〳〵に御一門の人々を始て譜代の 御家人かり催し天文六年五月朔日岡崎の城をうば ひ返へし若君を迎納奉る《割書:此事くはしく大久保物語安部四郎|兵衛定次入道か記に見へたり按するに》 《割書:これ大久保か|家大功二》同十六年の春《割書:按するに此比まて|忠武世になからへし也》蔵人信孝罪有て 【左丁】 所帯を没収せらる信孝大におとろき今川殿につきて誤なき 旨を申披かんとす岡崎殿《割書:すなはち贈大納言|家の御事也》かの罪科かろからず とてゆるし給はす信孝深くうらみ参らせ兵起して軍せん とす此信孝と申は安祥殿の御弟岡崎殿の御叔父にて普代 の士にてありし其手に附らる甚四郎忠員弥三郎忠久兄弟 と彼の手に属す兄弟傍輩にむかつて我に信孝の郎等に あらす主君の仰を蒙て彼の手にしたかふ輩也いかて反逆の 人にくみしてまさしき君にはそむくべきいさ岡崎に参らんと いゝしかは人々皆尤と同して岡崎殿へ馳参る信孝彼等を 頼てこそ軍せんとは思ひつれ今はいかにもかなふへからすとて